チーフ・エコノミスト コメント
中央銀行デジタル通貨
1つの経済圏における現金の重要性が低下する中で、中央銀行が存在感を保ち続けるためには、自らもデジタル通貨の世界に踏み込むことを検討する必要がある。こうした背景から、近年、中央銀行デジタル通貨(CBDC)をめぐる議論が活発になっている。
2021.03.22
- 1つの経済圏で使用される通貨の大半は、中央銀行ではなく民間部門が発行の主体となりつつある。現在のデジタル形式の通貨は民間発のマネーである。キャッシュレスの進展により、中央銀行が発行する通貨の「市場シェア」とその経済的影響力は低下している。
- 中央銀行は自ら発行するデジタル通貨の導入を検討している。中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、現金と同様、中央銀行の債務となる。現在のデジタル通貨は民間銀行の債務であり、クレジット・リスクを伴う。
- 中央銀行デジタル通貨は暗号資産(仮想通貨)とは異なり、分散型台帳技術(ブロックチェーン)を発行基盤として利用する形にはならないとみられる。また、いわゆる安定通貨(ステーブルコイン)とも異なり、民間事業者のリスクを負うこともないだろう。
- 各国の中央銀行デジタル通貨は、その国独自の設計上の特性を具備すると考えられる。また、民間銀行にも一定の役割を残すべく、何らかの保護的な枠組みを導入する必要があるだろう。
中央銀行デジタル通貨とは何か?
英国では2017年に、最も国民に利用される決済方法として、ついに現金がキャッシュレス決済に抜かされた。スウェーデンでは、銀行の一部の支店で現金の取り扱いをやめる動きが進んでいる。ユーロ圏では、ATM(現金自動預け払い機)の設置件数が2019年に3.5%減少した。消費者は、もはやこれまでのように中央銀行が発行する通貨を使用しなくなりつつある。では、決済手段として何が使われているのだろうか?
答えは明瞭である。紙幣や硬貨の利用率が低下する一方で、デジタルマネーの利用が増えているのだ。我々は、デビットカードやスマートフォンをかざし、現金に触れることなく支払いを行っている。しかし、デジタルマネーの重要な点は、それが民間形態のマネーであるということだ。銀行口座で預金を持つ場合、それは銀行に対する預金債権(銀行の債務)であり、中央銀行に対する債権ではない。銀行が破綻すると、預金保険制度がない限り、預けていた資金を失うことになる。一方、現金は中央銀行の債務である。
中央銀行が発行主体である通貨の重要性が年々低下する一方で、中央銀行のコントロールが間接的にしか及ばない、民間部門のデジタルマネーの重要度がますます増している。言い換えれば、中央銀行が通貨の「市場シェア」を失いつつある。1つの経済圏における現金の重要性が低下する中で、中央銀行が存在感を保ち続けるためには、自らもデジタル通貨の世界に踏み込むことを検討する必要がある。こうした背景から、近年、中央銀行デジタル通貨(CBDC)をめぐる議論が活発になっている。
UBSウェルス・マネジメント
グローバル・チーフ・エコノミスト
Paul Donovan
さらに詳しく
1992年にUBSインベストメント・バンクに入社、グローバル・エコノミストを務める。2016年8月にウェルス・マネジメントに異動。現在、グローバル・チーフ・エコノミストとして世界経済の分析とUBSの見解の策定・統括を担う。グローバル・インベストメント・コミッティのメンバー。
英オックスフォード大学にて哲学、政治、経済学の修士号を、ロンドン大学で金融経済学の修士号を取得。オックスフォード大セント・アンズ・カレッジの上席研究員。ドノバンの見解は多くの金融メディアでたびたび取り上げられており、著書も多数。