マンスリーレター1月号
ホリデーシーズン中の注目点
トランプ次期政権の新体制が徐々に明らかになるとともに株価は上昇し、欧州中核国の政治的混乱が見られ、中国政府は更なる景気刺激策への決意を示している。よって、我々の基本シナリオの実現可能性は高いものの、様々な結果を想定しておくべきだと考える。
2024.12.20
- 選別か一律か?: 貿易は米国の政策の中で、最も変化の速い分野の1つになりそうだ。我々は、一律ではなく選別的な関税が課される可能性が高いと考える。
- FRBの動向に注目: 米連邦準備理事会(FRB)が中立金利を目指す方針を維持するかは、依然として注視すべき重要なポイントである。堅調な経済と金利低下が米国株式市場を後押しするとみているからだ。
- 中国政府は期待に応えられるか?: 中国政府による最近の政策発表は、景気刺激策への決意を示しているが、中国市場の継続的な回復を支えるには、さらに具体的な施策が必要だ。
- 資産配分: 米国株式とアジア株式(日本を除く)をAttractive(魅力度が高い)とみている。債券では高格付債(国債)と投資適格債、コモディティでは金(gold)を選好する。
「Year Ahead 2025-狂騒の20年代:次のステージへ」では、更なる利下げへの備え、米国株式や金(gold)価格の更なる上昇機会の活用、米ドルから他通貨への分散など、2025年に向けてどのように準備すればよいかについて詳しく述べた。
トランプ次期政権の新体制が徐々に明らかになるとともに株価は上昇し、欧州中核国の政治的混乱が見られ、中国政府は更なる景気刺激策への決意を示している。よって、我々の基本シナリオの実現可能性は高いものの、様々な結果を想定しておくべきだと考える。
今月のマンスリーレターでは、今後注目すべき経済データを取り上げ、我々の基本シナリオに照らして評価する。また例年通り、2025年に向けたポートフォリオの見直しの参考となるように、「新年の抱負」も紹介する。
貿易は米国の政策の中で、最も変化の速い分野の1つになりそうだ。先月のレター発行後、トランプ次期大統領は中国、メキシコ、カナダおよびBRICS諸国に関税を課す方針を示した。しかし同時に、投資家のスコット・ベッセント氏を財務長官に指名したことから、トランプ政権のアプローチが、取引を重視した現実的なものになるのではという楽観論も浮上した。我々の基本シナリオでは、一律関税ではなく、一部の輸入品に対する選別的な関税が発動されると予想している。こうした関税は、特定の国・地域およびセクターに打撃を与えると考えられるが、米国の経済成長を妨げるほどの重大な影響は及ぼさないとみている。
欧州では、11月にドイツの連立政権が崩壊し、12月初めにはフランスでも内閣が総辞職して、政治的不透明感が高まっている。同時に、欧州市場については、現在の期待値が低いため、ドイツでは2025年2月後半に実施される総選挙の後に予想を上回る景気回復の余地があるとみている。我々の基本シナリオでは、ユーロ圏ではインフレ率と金利が低下して所得の伸びが安定しているため、域内の個人消費は着実に改善すると想定している。
12月上旬の中国政府の発表でより積極的な財政政策を実施する方針が示されたことから、中国株式市場は再び反発した。景気刺激策が、構造的課題や外的圧力を相殺するほどの規模と内容かを評価するには具体策が必要だ。よって、12月中旬の中央経済工作会議に続き、次の注目イベントは2025年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)となるだろう。
我々は米連邦準備理事会(FRB)による2024年最後の政策決定会合も注視しており、追加の利下げが実施されると予想する(訳注:FRBは18日のFOMCで政策金利を0.25%引き下げた)。特に注目されるのは、FRBによる政治・経済の動向と政策金利の見通しだ。FRBはこれまでに、中立金利に向けて利下げを継続する方針を示している。
今後1年の米国株式とグローバル株式には、総じて上昇余地があるとみている。金利の低下、堅調な経済成長、人工知能(AI)による構造的な追い風は、依然として市場の牽引役になっている。我々は、S&P500種株価指数が2025年末までに6,600に到達すると予想し、米国市場をAttractive(魅力度が高い)とみている。欧州株式と中国株式はNeutral(中立)と判断する一方、アジア(日本を除く)への分散投資を選好する。
株式以外では高クオリティ債を選好し、米10年国債利回りはやや低下すると予想する。通貨では、米ドルが米国の金利低下とともに下落するとみられるため、これを機会に他通貨への分散を検討することもできる。金(gold)価格も上昇の継続が見込まれる。
米国の通商政策:一律関税か、選別的関税か?
トランプ政権の顔ぶれが揃いつつあるなか、我々は今後数週間、米国とカナダおよびメキシコとの関税をめぐる交渉の進捗状況や、トランプ政権がどこまで積極的に関税政策を推し進めるのか注視していく。
トランプ氏は11月に、メキシコ、カナダ、中国からの全輸入品に対し、新たに懲罰的な関税を課す方針を示した。中国に対する関税は想定の範囲内だったものの、カナダとメキシコに対する大規模関税は、経済的な観点からより重大な懸念を引き起こしている。原油や針葉樹製材など、米国の主要な輸入品が大規模関税の対象となれば、米国の消費者物価が上昇するリスクがある。特に食品や燃料価格の上昇であれば、米国の消費者はその影響を強く感じることになるだろう。
とは言え、メキシコとカナダに対する関税は、麻薬や移民など、主に貿易とは無関係の問題を打開することが狙いであり、一時的な措置であるというのが我々の見方である。麻薬や移民に関する米国と各国間の政策に進展が見られる場合、いずれ関税の警告はトーンダウンするとみている。
共和党議員とトランプ政権は、新たな関税を課し、2017年に決定された個人所得税減税の延長による歳入減の埋め合わせに充てることを検討している。減税の延長は、財政調整措置を通じて実現可能ではあるが、財政赤字の拡大を意味する。
基本シナリオでは、一律ではなく選別的な関税が発動されると予想する。選別的な関税は、米国も含む特定の国・地域やセクターに負の影響を与えるとみられるが、米国の経済成長のモメンタムを削ぐほどではないだろう。また、一律関税は、経済全体や金融市場にとって、コストの上昇を意味する。トランプ政権が大統領令を通じて一律関税を導入したとしても、法的な障壁が立ちはだかると考えられる。議会を通じて一律関税の実現を目指すことが法的には最も適切だが、議会で十分な支持を得られるかは不透明だ。
先月のレターでは、一律関税シナリオの確率をわずか25%としていた。トランプ氏は大統領としての自らの成功を株式市場のパフォーマンスで測っていることでよく知られていることからも、可能性は低いだろう。今後数週間でトランプ政権が株式市場の変動を受け、政策を調整する可能性を示した場合には、株式市場には長期的な強気のシグナルになると我々はみている。
一律関税は実現の可能性が相対的に低く、市場で否定的に受け止められた場合には政策の調整が予想されるため、我々は米国経済と米国株式への強気の見方を継続している。今後数週間で発表される内容によって、我々の基本シナリオが妥当なのか、それともリスク・シナリオの可能性が高まるのかが明らかになるだろう。
欧州:低い期待を上回るか?
ドイツの連立政権崩壊から1カ月もたたないうちに、フランスでは12月初めに不信任決議案が採択され、内閣が総辞職した。政策を進める母体がなくなったことで、フランスはGDPの6%近くに上る財政赤字への対策を講じることができず、ドイツは投資を促進するための政策措置を実施できていない。
我々の基本シナリオでは、2025年の欧州の経済成長率はやや上昇すると想定している。貯蓄率が数年にわたって高水準だったことから家計のバランスシートは強く、インフレ率と金利は低下しており、労働市場は堅調に推移している。一方で、今回の政治の混乱と予算の柔軟性の欠如、中国との競争、貿易の先行き不透明感、およびロシア・ウクライナ紛争が、消費者及び企業の景況感に対する重石となっている。
フランスの明確な先行きは今後数週間では見通せないものの、ドイツでは2月23日の総選挙が終われば、経済改革と公共投資拡大への道が開け、企業の景況感が改善する可能性がある。中国の新たな景気刺激策、あるいはロシア・ウクライナ紛争の停戦が成立すれば、更なる状況の改善も見込める。
我々は、フランス国債利回りを引き続き注視している。利回り水準はフランスの長期的な信用懸念を示しているものの、波及する恐れのある差し迫まった危機を示す水準に達してはいないとみている。
中国:より具体的な政策発表はあるか?
中国株式は9月以降、値動きの激しい展開が続いた。新たな景気刺激策への楽観的な見方と、債務デフレスパイラル*に対する懸念との間で市場が揺れ動いたからだ。しかし、最近になって株価は上昇に転じている。中国共産党が12月上旬に開催した中央政治局会議で、2025年の経済政策に関して「より積極的な財政政策」を実施し、金融政策も「穏健」から「適度に緩和的」なスタンスに転換すると発表したためだ。
今後数週間から数カ月にかけては、持続的な株価上昇の下支えになり得る、具体的な政策措置の説明がないか、注視していく必要がある。12月中旬の中央経済工作会議では、政治局会議で発表された緩和姿勢が確認されたが、実質的な措置は来年3月の全人代まで明らかにされない可能性もある。より具体的な措置が打ち出されない限り、中国株式に対しては、当面はNeutral(中立)のスタンスが妥当であり、中国人民元はさらに下落すると予想する。
景気刺激策を強化する方針は市場の支援材料だが、外部からの逆風(関税を含む)が課題となる。9月初旬以降の力強い上昇を経て、中国株式はもはや異常なほど割安ではなくなっている。香港ハンセン指数は米国大統領選後の下落分を一部取り戻しており、関税リスクは少なくとも部分的に織り込まれていることが示唆される。株価バリュエーションでみると、MSCI中国指数は現在、12カ月先予想PER(株価収益率)が10.3倍となっており、過去平均よりは低いものの、選挙後の直近底値圏である9.6倍は上回っている。
*デフレで債務が拡大し、投資が縮小することで、さらに景気が悪化するという悪循環
中央銀行:政策見通しについてどのようなシグナルを発するか?
最近の経済データからは、米国の個人消費が依然として堅調であることが示唆される。10月の小売売上高は予想を上回り、年末商戦の「ブラックフライデー」と「サイバーマンデー」の消費額は今年、過去最高を記録した。しかし一方で、FRBは金利を中立に近づけるという姿勢を示唆している。住居費のインフレが鈍化するに伴い、インフレ率は今後数カ月で中央銀行の2%目標に向かって緩やかに落ち着くと予想される。関税は一時的に物価水準を押し上げる可能性はあるが、FRBが利下げを停止するような持続的なインフレを引き起こすとは考えていない。
こうした見通しに基づき、我々の基本シナリオでは、FRBは12月の会合で25ベーシスポイント(bp)の利下げを行い、2025年には緩やかなペースで利下げを進めていくと想定している。この基本シナリオを裏付けるようなシグナルがFRBから発せられれば、市場の支援材料となるが、経済データや政策変更がFRBの金利スタンスをタカ派寄りに変化させている兆候が見られる場合は、相場の変動が大きくなる可能性が高い。
米国に限らず、世界的な利下げサイクルは来年も続くと予想する。欧州中央銀行(ECB)は、低迷するユーロ圏経済のテコ入れのため、2025年末までにさらに100bpの利下げを行うと予想され、イングランド銀行も100bpの利下げを行うと予想する。12月の会合で50bpという予想以上の緩和を行ったスイス国立銀行は、さらに25bpの利下げを行うと見込まれる。
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最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。