日本経済

衆院選通過、構造改革の流れは頓挫せず

衆院選で、与党は過半数を割り込んだ。当面の焦点は石破首相の去就で、日本維新の会や国民民主党との政策連携により、石破首相の進退に関わらず、緩和的な財政・金融政策が想定される。

  • 衆議院の解散総選挙で、自民・公明連立与党は慎重な勝敗ラインとして設定した過半数を割り込んだ。当面の焦点は石破茂首相の去就で、日本維新の会や国民民主党との政策連携により、石破首相の進退に関わらず、緩和的な財政・金融政策が想定される。
  • 短期的にはボラティリティ(相場の変動率)が高まるが、新政権の緩和的な政策が明確になることで、従来からの日本株への中立姿勢と中期的に円高ドル安に向かうという見方を維持する。
  • リスクシナリオは、石破首相の辞任とハト派色の強い次期首相の就任、自民党・立憲民主党の大連立、そして、立憲民主党の影響力拡大である。

与党過半数割れ、選挙から30日以内に総理指名

10月27日に実施された衆議院の解散総選挙で、与党は自民党で56議席、公明党で8議席失い、与党全体で合計215議席と、過半数から18議席下回った。一方、野党第一党の立憲民主党も148議席と伸び悩み、新政権の枠組みに影響を与えるほどには至らなかった。事前の世論調査では、自民党の支持率は31%で、立憲民主党が9%程度だったにもかかわらず、自民党の裏金問題に対する国民の疑念を払拭できなかった結果、立憲民主党が大きく追い上げ自民党が過半数を割った。世論調査で示された内容よりも自民党が苦戦を強いられたことは、世論調査の正確性も揺らぐ結果となった。

新政権の枠組みとして、石破茂首相の進退が明らかになるとともに、自公が新政権で日本維新の会や国民民主党と連立を構成するか、少数与党としてこれらの党と政策ごとに連携していくかといった選択肢が生まれている。今後のスケジュールについては、選挙から30日以内に特別国会を召集し、新しく内閣総理大臣が指名される中で判明していく。

財政拡張・改革継続・金融緩和が基本シナリオ

政策の方向性

石破首相はこれまでのところ辞任を否定しており、来夏の参院選まで石破内閣が続く見通しだが、財政・金融ともに緩和的な日本維新の会や国民民主党と少なくとも政策的に協調することとなる。その結果、財政政策について、増税リスクはなくなり、補正予算の規模は拡大するだろう。金融政策については、日銀の独立性が尊重されつつ、現在の緩和的な路線が維持されるだろう。

構造改革については、財政金融政策の方向性とは関係なく、これまで進められてきたコーポレートガバナンス改革が頓挫することはないだろう。日本の衆議院解散総選挙後には米大統領選を控えており、目先は政策の不確実性が高まりやすい。しかし、景気支援的な政策は、たとえ石破首相が辞任しても変わらないと予想する。石破首相が辞任となれば9月の総裁選候補者から次期総理が選ばれることとなるが、財政・金融政策については石破氏ほどのタカ派はいないためだ。まずは来夏の参院選に向けた景気支援・デフレ脱却優先の経済政策が継続するだろう。

リスク

上述の基本的見解に対し、想定されるリスクは以下の3点が挙げられる。まず、石破首相の辞任リスクである。仮に高市早苗氏のようなハト派が次期首相となった場合、早期の日銀正常化の遅延可能性には留意するべきである。次に、自民党・立憲民主党の大連立ケースである。単独で政権を担うほど議席数を伸ばせなかった立憲民主党が自民党との大連立に合意すれば、増税リスクが意識されやすくなる。最後に、参院選に向けて立憲民主党が影響力を高める流れもリスクである。立憲民主党が参院選で勝利した場合には、これもまた、増税や0%超のインフレ目標達成に向けて、財政金融ともに引き締められることへの警戒感が高まるだろう。

資産クラスの見通し

ドル円:中期的な円高ドル安傾向は変わらず

日米の政治情勢は目先、ドル円相場に不確実性をもたらす公算が大きい。日本の要因では、石破氏がいつまで首相に留まるのかは流動的である。米国では、トランプ元大統領の勝利は短期的に米ドルを押し上げる可能性があるが、ハリス副大統領の勝利が逆の反応を示す可能性にも留意が必要だ。ただ、中期的には米ドルに対する弱気姿勢を維持する。その理由として、1)日米の金利差縮小、2)円安再燃を受けた日本の輸入インフレへの警戒感、そして3)米国経済の減速がもたらす米ドルのセンチメント悪化リスク、が挙げられる。つまり、従来から提言している緩やかな円高ドル安傾向は、日米の選挙後も変わらないということだ。ドル円の四半期末予想は、現在、2025年第3四半期まで147、143、140、138としている。

日本株式:政治的な不透明感からボラティリティが上昇

東証株価指数(TOPIX)は、選挙を終えたことと円安を受けて1.5%上昇した。株式市場は連立与党の過半数割れをある程度織り込んでいた(我々は40%の確率と予想していた)。TOPIXは先週2.8%下落し、円は対米ドルで1.8%下落していた。

特別国会の召集までの間、自民党が政策的な連携相手を見つけるのかどうかの解決策を見出すまで、政治的な不透明感とボラティリティの高まりは継続することが予想される。この点が解消されれば、投資家の次の焦点は来週の米国の大統領選挙とその後の米国経済へ移るだろう。仮にトランプ元大統領が勝利すれば、減税や規制緩和期待から日本株式は短期的にプラスに反応する一方、ハリス副大統領勝利の場合は円高に進む可能性があり、日本株式への影響は限定的かマイナスとなるだろう。

現在、我々の基本シナリオは、自公連立与党が過半数獲得のために他の政党との連立を模索するというものである。だが、連立与党が過半数割れの状態を受け入れるか、石破首相が辞任し新たな総理が指名されるといったシナリオも考えられる。前者の場合、政治的な不確実性が当面続く可能性がある一方、後者の場合、支持率の低迷した石破政権からの交代を受け、市場は当初前向きに反応するだろう。とはいえ、自民党が与党であることに変わりはなく、政府はインフレや賃金上昇といった経済の活性化と、比較的緩和的な財政および金融政策を、引き続き優先すると考えられる。よって我々は、株式市場に対する長期的な影響は現状維持であり中立だと考える。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社およびUBS AG Singapore Branchが作成した“Japanese economy : Structural reform to continue despite election results”(2024 年10月28日付)を翻訳・編集した日本語版として2024年10月30日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

清水 麻希

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

清水 麻希

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2023年10月より、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントにて、ストラテジストとしてクレジットおよびアセットアロケーションの投資戦略や分析を担当。

UBS入社以前は、クレディ・スイス証券ウェルス・マネジメント部門にてインベストメント・ストラテジストとして従事したほか、欧州系および米系証券会社にて、金利・為替市場に関するリサーチに携わる。米国マサチューセッツ大学を卒業。

小林 千紗

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

小林 千紗

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チーフ・インベストメント・オフィスにて、ストラテジストとして株式の調査分析、テーマ投資、SI投資などを担当。投資銀行部門での経験を活かし、幅広い業種についてマクロ・ミクロの視点から投資見解を提供している。


2013年11月に入社。それ以前は米系・欧州系証券会社にて株式アナリストを務める。

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