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景気後退の懸念が和らぎ、相場反発
8月8日に発表された米国の新規失業保険申請件数が前週から減少し、米国経済が景気後退に向かっているとの懸念が和らいだことから、S&P500種株価指数は2.3%上昇し、米国債利回りも上昇した。
2024.08.08
何が起きたか?
8月8日に発表された米国の新規失業保険申請件数が前週から減少し、米国経済が景気後退に向かっているとの懸念が和らいだことから、S&P500種株価指数は2.3%上昇し、米国債利回りも上昇した。8月3日までの1週間における新規失業保険申請件数は、17,000件減少して233,000件となり、減少幅としてはここ1年で最大となった。このデータは通常、市場での注目度はさほど高くないが、米連邦準備理事会(FRB)による政策金利の引き下げが後手に回り、米国が景気後退のリスクにさらされているとの懸念が高まる中で発表されたため、関心が集まった。
最近の市場の混乱の原因に挙げられることが多いドル円相場のボラティリティ(変動率)も低下し、円キャリートレードの巻き戻しによる混乱は和らいだ。円キャリートレードとは、ほぼゼロに近い低金利の円建てで借り入れ、外貨に転換した資金を、よりリターンが高い資産に投資するという戦略で、多くの投資家が利用している。米国株式の予想変動率を示し、投資家の不安感の指標とされるVIX指数は、8月5日に一時65.7まで上昇したが、足元23.8に低下している。米国10年国債の利回りは4ベーシスポイント(bp)上昇し、3.99%となった。
どう考えるか?
通常だと夏場は流動性が低い傾向にあるが、市場のボラティリティは当面高止まりする可能性がある。円キャリートレードの巻き戻しがさらに進み、一部でリスク資産を売却する動きがでる可能性もある。米国の7月の雇用統計が市場予想を大幅に下回り、経済の不確実性は依然として高い。米国大統領選挙も流動的な情勢が続いている。また、イランがイスラエルに新たな攻撃を仕掛ける懸念が高まり、ウクライナ軍がロシア西部のクルスク州を攻撃してロシア・ウクライナ紛争も激化する中、地政学的緊張が増している。
しかし、その陰にはポジティブな要素も多い。米国の経済成長率は現在、2%の潜在成長率をやや下回る水準で推移するとみられ、景気後退を懸念するのは時期尚早である。最近発表された個人消費支出(PCE)のデータは、消費支出が悪化しているのではなく、これまでの異例の高水準から正常な状態に戻りつつあることを示している。家計の財務状況も健全であり、米供給管理協会(ISM)が発表した7月の非製造業購買担当者景気指数(PMI)は改善した。新規失業保険申請件数は通常、市場に大きな影響を与えるものではないが、最近の悲観論が行き過ぎであった可能性を示している。アンケート調査をベースとした指標とは異なり、失業保険申請件数は、失業保険給付を申請する個人の実際の行動を直接反映している。
企業のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)も堅調である。テクノロジー・セクターの一部の決算結果に対して株価がネガティブに反応したが、市場の期待値が過度に高まっていたと我々はみている。4-6月期(第2四半期)の決算発表シーズンは終盤に差し掛かっている。我々はS&P500種構成企業における2024年の1株当たり利益(EPS)を引き続き11%増と見込んでいる。また、最近の株価調整により、米国のテクノロジー・セクターの割高感が薄れてきた。同セクターでは現在、12カ月先予想株価収益率(PER)が26.5倍となっており、7月10日のピーク時の32倍から低下している。
投資家の焦点は、7月の消費者物価指数(CPI)や小売売上高をはじめとする、来週発表の経済指標に移るだろう。市場は、インフレ率が徐々にFRBの目標である2%に向かって低下し、個人消費が景気後退を示唆することなく、緩やかに鈍化しているというソフトランディング(軟着陸)の証拠が示されることを期待している。
どのように投資するか?
最近の市場のリスクオフの動きは、FRBの利下げが後手に回り、米国経済を景気後退のリスクにさらしたのではないかとの懸念を反映している。しかし、これらの動きには、円キャリートレードや過剰なポジションの解消などのテクニカル要因も背景にある。投資家は、市場センチメントの変動に過剰反応せず、冷静に対応することが重要である。経済および企業のファンダメンタルズが依然として堅調であり、FRBによる利下げが予想されるため、我々の基本シナリオでは、S&P500種が現在の約5,320から、年末までに約5,900、2025年6月までに約6,200に達すると予想する。よって、我々は以下の投資戦略の検討を勧める。
クオリティ・グロース株に投資する:特にボラティリティの高い時期には、株式投資全般においてクオリティ・グロース株(高クオリティの成長株)への投資を推奨する。最近の増益率を牽引しているのは、競争優位性を維持し、構造的要因による継続的な成長と利益の再投資を実現している企業が中心である。この趨勢は今後も続くとみており、特に景気後退への懸念が高まる場合には、クオリティ・グロース株がアウトパフォームすると予想される。
利下げに備える:今週初め、米シカゴ連銀のグールズビー総裁は、景気が悪化した場合、FRBが「それを修正する」と述べており、他のFRB高官も同様に安心感を与えるメッセージを発信すると予想される。インフレは抑制されつつあることが経済データから裏付けられていることから、FRBは雇用と景気の支援により集中できるだろう。我々の基本シナリオでは、FRBは年内に100bpの利下げを前倒しで実施する見込みである。これは、我々が投資家に準備を促してきた、世界的に広がる利下げサイクルの本格化を示している。キャッシュのリターンが減少する中、キャッシュやマネー・マーケット・ファンド(MMF)を保有している投資家は、クオリティの高い社債や国債に投資することを勧める。これらの高クオリティ債はその価値を発揮し、ポートフォリオ内の株価変動の影響を緩和する効果を示している。
非伝統的投資で分散を図る:相場の変動が続いており、今後の経済データの発表からボラティリティが拡大する可能性がある中、オルタナティブ資産は分散効果を発揮し、長期的なリターンの源泉になるとみている。ヘッジファンドは、ストレスの多い時期にポートフォリオの安定に寄与するだけでなく、相場の混乱時を利用して、他の資産クラスが苦戦する時に魅力的なリターンを生み出す可能性がある。ただし、オルタナティブ資産への投資には、低流動性や透明性の欠如などのリスクが伴う。
最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。