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米雇用統計で相場下落、高まる利下げ観測
8月2日の市場では株価が下落し、債券利回りも低下した。米国の雇用統計が振るわなかったことから、FRBの政策金利引き下げが遅すぎるのではないか、そして米国経済が景気後退に向かっているのではないかという不安が投資家の間で広がったためである。
2024.08.02
何が起きたか?
8月2日の市場では株価が下落し、債券利回りも低下した。米国の雇用統計が振るわなかったことから、米連邦準備理事会(FRB)の政策金利引き下げが遅すぎるのではないか、そして米国経済が景気後退に向かっているのではないかという不安が投資家の間で広がったためである。
米国の7月の雇用統計は予想を大幅に下回る結果となり、非農業部門雇用者数は114,000人の増加にとどまった。失業率も前月の4.1%から4.3%に上昇した(2023年4月には 3.4%の低水準を記録)。平均時給の伸び率も前月比0.2%に鈍化し、週平均労働時間も減少して、家計所得にはマイナスだ。失業率は歴史的に見れば依然として低水準ではあるが、過去に失業率が急上昇した局面では、多くの場合、経済成長も急速に鈍化している。雇用統計を受け、市場では金融緩和のペースが速まるとの観測が強まり、年内の利下げ幅は足元で約120ベーシスポイント(bp)と織り込まれている。7月初め時点の36bp、2週間前の66bpから大幅な上昇である。
市場では、大手テクノロジー企業による人工知能(AI)への多額の投資の収益化に時間を要していることに対し、投資家の焦りも募っているとみられる。リスクオフ・ムードが強まり、S&P500種株価指数は1.8%下落した。売りは広範囲に及び、比較的ディフェンシブな生活必需品と公益事業を除くすべてのセクターが下落した。特に下落幅が大きかったのは小型株で、中小型株で構成するラッセル2000株価指数は3.5%下落した。大型株では、グロース株とバリュー株でパフォーマンスに大きな違いはなかったが、ナスダック総合株価指数は2.4%下落した。米国10年国債の利回りは19bp低下して3.8%となった。
この動きをどう考えるか?
1つのデータにとらわれすぎると、誤った判断につながりかねない。7月の雇用統計が低調だった背景には、ハリケーン「ベリル」 も影響している可能性がある。悪天候が原因で働くことができなかったと報告した人の数は436,000人であり、2000年以降の7月の平均33,000人に比べるとはるかに多い。さらに、失業率の上昇には、米国の求職者数の増加も部分的に反映されている。我々は、次回8月の雇用統計で方向性が明確になるのを待ちたいと考えている。
とは言え、今回の雇用統計が失望を招いたことは明らかであり、FRBが金利を長期間にわたり高く保ちすぎたのではないかという懸念は高まるだろう。インフレ率はFRBの目標値に向かって引き続き低下していることからも、我々はFRBが以前の想定よりも利下げペースを速められる条件が整ってきていると考える。FRBのパウエル議長は7月31日 に、労働市場の急激な悪化の兆候を注視していくと述べている。
我々はFRBによる年内の利下げ幅を50bpと予想していたが、こうした背景を踏まえて100bpに引き上げる。8月の雇用統計に改善が見られない限り、FRBは9月の会合で50bpの利下げを実施し、金融緩和サイクルを開始すると考える。しかしながら我々の基本シナリオは変わらず、米国は景気後退を回避し、経済成長率は2%の潜在成長率付近で推移するとみている。金利が23年ぶりの高水準にあるため、FRBには経済と市場を支えるための金融政策の柔軟性が十分にある。最も重要なのは、家計が総じて良好な財務状況にあるということだ。実質所得が増加し、債務返済コストの平均が過去の平均に比べて依然低く、純資産の総額はパンデミック発生時点から37%増加している。これらすべての要因が、経済成長の最大の推進力である実質消費の増加を引き続き下支えするだろう。さらに、債券のイールドカーブ全体が低下しており、金融環境は既に大幅に緩和されている状態だ。よって、住宅市場は回復し、投資の促進にもつながるだろう。
一方で、株式市場を支える環境も良好である。業績の上方修正は落ち着きつつあるものの、S&P500種構成企業における2024年の1株当たり利益(EPS)は、引き続き11%増を見込んでいる。AIに関する市場のムードの急速な変化は時期尚早であると我々はみている。企業によるAI投資の収益化にはしばらく時間がかかる可能性が高いが、AI技術の将来性からも、企業がこれらの投資計画を後退させる兆しはない。全体的には過去において(景気後退期を除く)、FRBの最初の利下げ後12カ月でS&P500種は平均17%上昇している。
どのように投資するか?
株式は短期的には引き続き変動が激しいと予想されるが、最近数週間の調整によってリスク・リワード(リスクに見合ったリターン)が改善しており、特にテクノロジー株において顕著である。S&P500種は7月16日の史上最高値から約6%下落しており、米国主要テクノロジー10銘柄で構成されるNYSE FANG+指数はピークから14%下落している。景気鈍化やFRBが利下げで後手に回ることに対する投資家の懸念が続き、AIの進展が期待に応えられない場合、さらなる下落の可能性がある。しかし、昨年秋にS&P500種が過熱懸念と利上げリスクで10%下落した時と同様に、足元の下落を助長している景気への懸念は行き過ぎだとみている。
したがって、S&P500種の年末予想は5,900を維持する。企業のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)は依然として堅調である。S&P500種構成企業の4-6月期(第2四半期)の利益成長率は10~12%の見通しである。同指数の時価総額の75%超に相当する企業が既に決算報告を終えており、結果は全体的にポジティブである。売上高が予想を上回った企業の割合は60%、利益が予想を上回った企業の割合は75%で、過去平均並みの水準となっている。第3四半期に向けた米国企業の業績ガイダンスも通常の季節的なパターンと一致している。よって、我々は以下の投資戦略の検討を勧める。
利下げに備える:イングランド銀行 (英中銀)が1日、英国の利下げサイクルの最初となる政策金利の引き下げを行ったことで、世界的な利下げへの動きがさらに強まっている。FRB のパウエル議長も、早ければ9月実施の次回の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げに踏み切る可能性を示している。経済成長率とインフレ率が減速し、中央銀行が利下げを開始するに伴い、債券市場には大きな投資機会があるとみている。キャッシュやマネー・マーケット・ファンド(MMF)を保有している投資家は、クオリティの高い社債や国債に投資することを勧める。市場の織り込む金利の下げ幅が拡大するにつれ、債券価格の上昇が見込まれるからだ。米国経済が軟着陸するという我々の基本シナリオにおいて、高クオリティ債は良好なパフォーマンスを示すだけでなく、景気後退のリスクシナリオにおいても、ポートフォリオ内の他の資産クラスによるパフォーマンスの低下を緩和する役割を果たすだろう。
AIへの投資機会を捉える:市場の期待値が高いことから、第2四半期決算シーズンのテクノロジー株は乱高下し大きく値を下げた。 しかし、企業のファンダメンタルズは堅調であり、世界のテクノロジー企業の利益成長率は前年同期比24%に達する見込みである。巨大テクノロジー企業における2024年の全体的な設備投資額は90億米ドル増え、前年比43%増の見通しだ。パーソナルアシスタントやコンテンツ生成などAIの活用には、データセンターや画像処理半導体(GPU)などAIインフラへの投資が必要である。これまでの決算報告では、テクノロジー企業の経営者によるAIインフラ投資の投下資本利益率(ROIC)に対する高い確信に加え、AIの収益化が進んでいる事例も示されている。我々はAIの成長ストーリーに対する楽観的な見方を維持しており、最近の株価調整は、半導体、ソフトウェア、インターネット分野の主要なAI関連株のエクスポージャーを、これまでよりも低いバリュエーションで追加する良い機会であると考えている。また、投資家は、米国大統領選挙に向けたボラティリティの高まりに備えた投資戦略も検討できる。
クオリティ・グロース株に投資する:株式投資全般においてクオリティ・グロース株(高クオリティの成長株)への投資を推奨する。最近の増益率を牽引しているのは、競争優位性を維持し、構造的な成長要因により長期的な成長と利益の再投資を実現している企業が中心である。この趨勢は今後も続くとみており、投資家にはこの恩恵を享受するために、クオリティ・グロース株への配分比率を高めることを勧める。
非伝統的投資で分散を図る:経済の不確実性の中で、オルタナティブ資産は分散効果を発揮し、リスク調整後リターンの戦略的な源泉になるとみている。ヘッジファンドは、ストレスの多い時期にポートフォリオの安定に寄与するだけでなく、相場の混乱時を利用して、他の資産クラスが苦戦する時に魅力的なリターンを生み出す可能性がある。ただし、オルタナティブ資産への投資には、低流動性や透明性の欠如などのリスクが伴う。
最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。