日本経済

日銀:追加利上げを前倒し

日銀は7月会合にて国債買入の減額計画を具体化し、想定よりも緩やかなペースで量的引き締め(QT)を進める姿勢を示した。また、政策金利を従来の0.0-0.1%から0.25%に引き上げた。

  • 日銀の決定:日銀は7月会合にて国債買入の減額計画を具体化し、想定よりも緩やかなペースで量的引き締め(QT)を進める姿勢を示した。また、政策金利を従来の0.0-0.1%から0.25%に引き上げた。
  • サプライズ利上げ:サプライズとなったのが、今会合での追加利上げである。円安の進行や4月以降にインフレ率が上振れたことなどを受けて、日銀は時期を前倒して金融引き締めを決定した格好だ。
  • 金利正常化の道筋は緩やか:賃金と物価の好循環が定着するには相応の時間を要すると考えるため、我々は引き続き金利正常化の道筋は緩やかなペースで進められると予想する。

決定会合のポイント:段階的QTを開始、追加利上げにも踏み切る

・追加利上げと国債買入減額による量的引き締め(QT)の具体案を策定した。
・「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」で、2024年度の国内総生産(GDP)成長率見通しを下方修正したが、2026年度までの成長率・インフレ見通しは維持した。

日銀は7月31日の金融政策決定会合にて、短期金利のターゲットである無担保コールレートを現行の0.0-0.1%から0.25%で推移するように引き上げた。金利先物市場では、0.2%までの利上げが60%の確率で織り込まれていた一方で、我々を含む国内市場参加者は今秋10月まで利上げが待たれると想定する向きが大勢だったため、3月に続きこのタイミングでの追加利上げは市場でサプライズとして受け止められた。日銀の植田和男総裁は会合後の記者会見にて、今会合にて追加利上げを決定した理由として、円安による物価上昇の上振れを強調した。

経済回復は弱含み

景気に目線を向けると、個人消費は弱く、企業マインドは低下している。また、需給ギャップもマイナス圏から脱却できていない。我々の基本シナリオでは、インフレと賃金の好循環を確認できる2025年上期まで、日銀は次の政策変更を見送ると考える。2025年は、0.75%までの利上げを2回行うと引き続き予想する(1回目は第2四半期、2回目は第4四半期)。したがって我々は、今回の日銀の決定が政策金利引き締めのペースやドル円のトレンドの転換点になるとは考えていない。

リスクシナリオとして、円安を受けたインフレおよびインフレ期待が一段と上振れた場合に、日銀が2024年第4四半期に再び政策金利を引き上げる可能性は否定できない。利上げがもたらす住宅ローン金利や企業の借り入れ金利の上昇といった経済への悪影響は懸念されるものの、我々の想定通りに政策金利が0.75%まで引き上げられても、1.0-1.5%と試算される中立金利を下回る水準に位置し、堅調なインフレ(=低い実質金利)の中で経済成長を下支えするだろう。

段階的なQT計画

段階的なQT計画では、日銀による国債買入が毎月6兆円程度から1年目は4.1兆円程度に、2年目は3兆円程度まで縮小する計画が公表された。国債買入の調節は自動操縦のオペレーションに移行し、市場の予見可能性を高めたと言える。

今後2年程度でQTを進めるなかで、日銀のバランスシートは初年度にGDPの126%から122%に、2年目には122%から116%へと縮小していくだろう。米連邦準備理事会(FRB)のケースと比較しても、ほぼ同等か、やや速いペースでQTを進める計算になる。想定よりも緩やかなペースのQT計画であり、日銀オペという単独要因による日本の10年国債利回りへの上昇圧力は限定的だと考える。米国の経済・政策見通しも併せて考えると、年末まで日本の国債10年債利回りは1.1%程度までの上昇、2025年末は1.2%程度までの上昇にとどまるだろう。

今後数年の経済見通し

展望レポートで示す四半期経済見通しでは、日銀は2024年度のGDP予想を予想通り+0.8%から+0.6%に下方修正した。一方、2025年度と2026年度については、+1.0%と堅調な見通しを維持した。

日銀は現在、2025年度のコアインフレ率(生鮮食品を除く)を2%以上と見込んでいるが、2026年度は2%を下回る見通しである。持続的な2%のインフレのためには、賃金の伸びとデマンドプル(需要主導)型のインフレの好循環に確信を高める材料を確認する必要があるだろう。

各資産クラスの見通し

ドル円へのインプリケーション
日銀の追加利上げは予想より早まったが、金融引き締めのペースは緩やかなため、急速な円高にはつながらないと考える。FRBも緩やかな利下げサイクルに入るという見通しを踏まえ、我々は2024年9月、12月、および2025年3月、6月のドル円予想をそれぞれ158円、155円、153円、150円で据え置き、7月上旬以降の急速な円高ドル安は一時的なものと考える。ただし、足元のドル円下落は円売りポジション解消の動きが一巡すれば急速な円高が収まり、ドル円相場は再び安定するだろう。

日本株へのインプリケーション
今回の追加利上げは、我々の想定より早かったものの、総じて銀行株にとってはポジティブである。7月以降の急速な円高は、日本株に対する投資家センチメントの下押し圧力となっている。とはいえ、161円から153円への円高ペースは速かったものの、153円は2カ月前の5月の水準に戻った程度であり、TOPIX EPSへの影響は限定的であると考える。

TOPIXのPERは14.5倍まで低下しており、ファンダメンタルズ(基礎的条件)的には底打ちしたと考える。しかし、日本株の反転には、特にドル円相場、米国テクノロジー企業の決算、米国マクロ経済指標を要因とするボラティリティ(相場の変動率)と不確実性の払拭が必要であり、PER14.5倍はV字回復を期待するほど割安とは言えない。

10月までは上期決算での業績上方修正や、実質賃金上昇率のプラス転換といったファンダメンタルズからのカタリストに欠ける状況が続くとみる。そのため、株価は当面レンジ内にとどまる可能性が高く、より持続的な株価の回復は11月の米大統領選挙終了後となる可能性が高いだろう。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社およびUBS AG Singapore Branchが作成した“BoJ: Tightening brought forward”(2024 年7月31日付)を翻訳・編集した日本語版として2024年8月1日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

清水 麻希

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

清水 麻希

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2023年10月より、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメントにて、ストラテジストとしてクレジットおよびアセットアロケーションの投資戦略や分析を担当。

UBS入社以前は、クレディ・スイス証券ウェルス・マネジメント部門にてインベストメント・ストラテジストとして従事したほか、欧州系および米系証券会社にて、金利・為替市場に関するリサーチに携わる。米国マサチューセッツ大学を卒業。

小林 千紗

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス
ストラテジスト

小林 千紗

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チーフ・インベストメント・オフィスにて、ストラテジストとして株式の調査分析、テーマ投資、SI投資などを担当。投資銀行部門での経験を活かし、幅広い業種についてマクロ・ミクロの視点から投資見解を提供している。


2013年11月に入社。それ以前は米系・欧州系証券会社にて株式アナリストを務める。

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