日本経済
金融政策の追加修正にはさらなる時間が必要
日銀は、1月17~18日に開催された金融政策決定会合で、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の維持を決めた。
2023.01.18
- 日銀は、1月17~18日に開催された金融政策決定会合で、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の維持を決めた。12月に行った政策修正の評価にもうしばらく時間が必要と判断したようだ。ただ、イールドカーブ・コントロールの効果を高めるために、共通担保資金供給オペを拡充した。
- だが、我々は市場機能の改善は難しいと考える。日銀は賃金の着実な上昇を見極めてから、さらなる政策修正に踏み切るだろう。我々は、2023年中にイールドカーブ・コントロールの追加修正が行われる確率を70%と予想する一方、2024年の確率を30%と予想する。
- 日銀がイールドカーブ・コントロールを撤廃した場合、10年国債利回りは0.8~1.2%に上昇するとみている。これは日本の金融機関に追い風となる一方で、日銀が短期政策金利を極めて低水準に維持する限り、国内経済への影響は限定的だろう。
何が起きたか?
日銀は1月の金融政策決定会合で、市場の思惑に反して金融政策の大枠を維持した。会合後、日本の10年国債利回りは0.4%近辺に再び低下し、ドル円は一時131円を超えた。日経平均株価は2.5%以上上昇した。
大半のエコノミストは追加政策変更はないと予想していた。だが市場は、特に1月12日の報道で、日銀が異次元緩和策の副作用について見直し、必要があればそのスタンスを修正するだろうと報じられると、イールドカーブ・コントロールの追加修正を織り込んでいった。
今回の会合で日銀は、イールドカーブ・コントロールの微調整の代わりに、流動性を引き上げるための共通担保資金供給オペの拡充を決めた。貸付利率を入札で決める「金利入札方式」では、貸付期間の上限が1年から10年に延長され、貸付金利を日銀があらかじめ決める「固定入札方式」では、これまで0%で固定されていた貸出金利を、市場情勢に応じて年限ごとに柔軟に決められるようにした。金融機関に国債のキャリートレード(市場で国債を購入し、日銀に売却する裁定取引)の誘因を提供することで、日銀がイールドカーブを操作するもう1つの手法になる。
同日公表された「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、目標期間中の2%インフレ目標の達成に慎重な姿勢を維持した(図表1参照)。主に世界経済の減速を理由に、2023年度(2024年3月期)の国内総生産(GDP)成長率の見通しを1.9%から1.7%、2024年度は1.5%から1.1%にそれぞれ引き下げた。生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)の見通しは、2023年度については政府のエネルギー価格引き下げの補助金効果から1.6%に据え置いたが、2024年度については1.6%から1.8%に引き上げた。
日銀は政策修正の評価にもうしばらく時間が必要
日銀が12月1日に発表した11月の債券市場サーベイによると、債券市場の取引の頻度や円滑さを示す機能度判断指数(DI)が引き続き悪化しており(図表2参照)、これが先月想定外にイールドカーブ・コントロールを修正するきっかけとなった可能性がある。日銀は、債券市場の機能が回復しているかどうか様子を見たいようだ。黒田日銀総裁は会合後の記者会見で、日銀は12月の政策修正の評価にもうしばらく時間が必要だと強調した。
日銀は今回、公開市場操作の拡充によりイールドカーブ・コントロールの延命を試みている可能性がある。新たな貸出ルールでは、金融機関は日銀が決めた年限ごとに異なる金利で、国債を担保に最長10年間、日銀から資金を借り入れることができる。
特に、次回政策決定会合(3月10日予定)が黒田総裁下での最後の会合であることを踏まえると、こうした政策修正の評価には、3月1日に公表予定の次回債券市場サーベイが重要になってくる。
また、日銀は日本経済を支えるために、10年国債利回りの上限を当面0.5%に維持することが適切と考えているのかもしれない。いまの賃金の伸びでは物価上昇を相殺するのに不十分であり、GDPギャップはマイナスのままだ(図表3参照)。こうした観点から、3~6月の春闘にも注目が集まる。
日銀の次の動向に対する我々の見解
最近の一連の政策修正でも国債市場の機能は改善しない可能性があり、イールドカーブ・コントロールの追加修正か、あるいは撤廃も時間の問題だろう。市場は政策の微調整を続ける日銀に挑み続けており、日銀は近い将来、現在のイールドカーブ・コントロール政策を断念せざるを得なくなる可能性がある。
しかし、経済のファンダメンタルズ面から見ると、着実な賃金上昇とプラスのGDPギャップを確認する前に10年国債利回りの上限を引き上げるのは時期尚早だ。6月頃には春闘での賃金交渉の結果が明らかになる。だが、4月に日銀新総裁が就任した後や、インフレ目標に関する政府との共同声明が改定されうる中で、日銀が政策を転換するのはややリスクが高い。総じて我々は、2023年中のイールドカーブ・コントロールの修正(撤廃も含む)確率を70%(3月が25%、4~6月が15%、下期が30%)と予想する一方、2024年中の確立を30%と予想する。
短期政策金利は住宅ローンに影響を及ぼし得るため、短期政策金利を現行のマイナス0.1%から当面引き上げることはないと考える。住宅ローンの借手の約7~8割が、日銀の短期政策金利に主に連動する変動金利で借り入れているからだ(図表4参照)。
2月10日に国会提示予定の日銀総裁人事案で、誰が候補とされるのかに注目が集まるだろう。過去の経験から見ると、1月後半から2月上旬に候補者名が報道されるかもしれない。誰が次期総裁になろうとも、賃金の伸びが加速する中で、緩やかな政策正常化に向けた方向性が変わらないことは確かだろう。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト
青木 大樹
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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。