日本経済

日銀は金融政策を据え置くも、インフレ率は2%目前

日銀は大方の予想通り金融政策を据え置いた。ただしインフレ見通しを上方修正し、2023 および2024 年度の物価上昇率を1.6%と予想している。

  • 日銀は大方の予想通り金融政策を据え置いた。ただしインフレ見通しを上方修正し、2023および2024年度の物価上昇率を1.6%と予想している(新経済対策の影響反映前)。
  • 我々の基本シナリオでは、日銀はGDPギャップがプラスに転じ、賃金上昇率がさらに加速し、コア消費者物価指数(CPI)上昇率が2%を超えれば、2023年半ばにイールドカーブ・コントロール(YCC)の調整を行うとみている。
  • 日銀に対する政府からの政治的圧力は今のところ限定的のようだ。むしろ、岸田首相は円安を利用してインバウンド消費を促し、新経済対策で経済への負の影響を緩和しようとしている。
  • 他の先進国との金利差により、今後数四半期は円安傾向が続くとみている。株式については、日銀が金融政策の正常化に着手すると、金融株がその恩恵を受けると考える。

日銀は10月28日の金融政策決定会合で、大方の予想通り主要な金融政策を据え置いた。四半期ごとに公表される経済・物価情勢の展望(展望レポート)の中で、政策委員の2022年度のコアCPI(生鮮食品を除く)上昇率の見通し中央値は前回の2.3%から2.9%に上方修正された(図表1参照)。2023年度および2024年度の予想もそれぞれ1.4%、1.3%から1.6%に上方修正されたが、依然として2%の物価安定目標をやや下回っている。

コストプッシュ・インフレの緩和が予想される2024年度の上方修正(7月時点の予想1.3%から1.6%へ)は、日銀が声明文の通り中長期のインフレ期待について自信を深めていることを示唆していると考える。また、日銀のインフレ予想は10月28日に発表された新経済対策の影響を反映していないことを念頭に置く必要がある。

2022年度の実質GDP成長率予想中央値は2.4%から2.0%に下方修正された。また2023年度についても、主に世界経済の減速により、2.0%から1.9%へとわずかに引き下げられた。

記者会見での黒田日銀総裁は、以前と変わらずハト派的なトーンだった。2%の達成が近いことを認めながらも、2%を上回る持続可能なインフレ率を達成することは2024年になっても困難だと強調した。そして、日本経済は依然として新型コロナ危機からの回復途上にあり、日銀にとっては緩和的な金融政策を維持することが重要だと繰り返した。出口戦略については、時期が来たらその詳細を議論すると述べた。

基本シナリオ

日銀は2023年半ばに、10年国債利回りの上限を現在の0.25%から引き上げることでイールドカーブ・コントロール(YCC)の調整を行うと我々は予想する。政府の新経済対策、足元の経済再開、経済活動の上向きにより、日本のGDPギャップは2023年上期にプラスに転じるとみている(図表2参照)。

また、賃金上昇率は来年さらに加速すると見込む。今年の春闘の結果、賃上げ率が2.2%と2018年以来の高い伸びを実現したことから、総賃金の伸び率(従業員1人当たり賃金上昇率+従業員数の伸び率)は約2%となった(図表3参照)。高インフレの継続と深刻な人手不足により、総賃金の伸び率は来年の春闘後に3%まで加速すると予想する。

また、日本の物価上昇率は過去に比べて高く推移するとみている。コアCPIは2022年10-12月期に3.3~3.5%でピークをつけ、当面は2%を上回って推移するだろう(図表4参照)。直近のインフレ率は生鮮食品を除く食品とエネルギーの価格が主に影響を及ぼしているが、来年はサービス価格がCPIを支えると考える。これにより、日銀は金融政策を調整する可能性がある。しかしながら、2023年を通して短期金利の引き上げや YCC の終了など本格的な金融引き締めに動くとは思わない。YCCを終了させた場合、10年国債利回りは0.7~1.0%まで上昇すると考える。

リスク・シナリオ

リスク・シナリオでは、日銀が我々の予想よりも早く金融政策の正常化に着手するとしている。本稿では3つのシナリオを検討する。

1) 賃金の急速な伸びとインフレの急加速が日銀を動かす。日銀は、持続可能なインフレを見極めるため賃金上昇率に注目している。そのため、賃金上昇率が急加速した場合、例えば短期間で3~4%に達した場合、日銀は予想よりも早く金融政策の正常化に着手する可能性がある。しかし、多くの企業は春闘の結果に従うため、賃金上昇率のさらなる加速は次の春闘後の2023年半ばまで待つ必要があるだろう。

2) 20234月に予定される次期日銀総裁の就任に伴い金融政策の方向性が変わる。有力候補は2人いる。現副総裁で黒田総裁に考え方が近い雨宮正佳氏と、前副総裁で市場参加者からは相対的にタカ派とみられている中曽宏氏だ。どちらが任命されても、日銀が持続可能なインフレを見極めるため賃金上昇率とGDPギャップに着目する限り、その姿勢は当面大きく変わらないと考える。

3) 政治的圧力により日銀が金融政策を変更する。高インフレの継続と急速な円安が政治問題になりつつあり、岸田首相が日銀に金融政策を変更するよう圧力をかけるかもしれない。インフレ高騰と円安も影響して、岸田内閣の直近の支持率は約20ポイント急低下した。来年4月には4年に一度の統一地方選挙が予定されていることから、円安がさらに加速すると、日銀に対する政治的圧力が高まる可能性がある。

現時点では、政府から日銀への政治的圧力は高まっていないと考える。岸田首相は日銀に円安是正を要請することなく、10月以降の水際対策の追加緩和と、従来の予想を大幅に上回る39兆円規模(国内総生産(GDP)の約7%に相当)の経済対策を発表した。

経済対策は、1)円安・物価高への対応、2)賃上げと人への投資の支援、3)インバウンド消費、国家安全保障と企業の国内回帰への投資、農林水産物の輸出を中心とする将来の成長への投資、の3つの領域に重点を置いている。岸田首相は、円安を利用してインバウンド消費による日本経済活性化と輸出企業支援を行い、経済対策によって経済へのマイナスの影響を緩和したいと考えているようだ。

市場への示唆

  • 為替:日銀と他の先進国中央銀行の間の金融政策の乖離が続いている。日本の経常収支は赤字が続くと思われるが、今後数四半期はFRBとの金利差が円安の主な要因になるとみている。
  • 金利:日銀は当面ハト派姿勢を維持するだろう。しかし、GDPギャップが縮小し、賃金上昇率が加速し、コアCPIの伸び率が2%を上回って推移すると、日銀は 2023 年半ばに10 年国債利回りの上限を0.25%から0.35%またはそれ以上に引き上げることでイールドカーブ・コントロール(YCC)の調整を行う可能性がある。
  • 株式:日銀が金融政策の正常化に着手すると、金融株が恩恵を受けると考える。金融株はアジア各国の貸出金利の上昇もプラス材料になるとみている。
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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: BoJ unchanged but 2% inflation seems within reach”(2022年10月28日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年11月1日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

さらに詳しく

2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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