日本経済

日銀はハト派姿勢の一方、財務省は為替介入を実施

物価の上昇と急速な円安にもかかわらず、日銀は主要な金融政策を据え置いた。持続可能なインフレが認識されない限り、日銀が金融政策の引き締めに動くことはないと我々は考える。

  • 物価の上昇と急速な円安にもかかわらず、日銀は主要な金融政策を据え置いた。堅調な賃金上昇とGDPギャップの縮小に支えられた持続可能なインフレが認識されない限り、日銀が金融政策の引き締めに動くことはないと我々は考える。
  • 日銀への政府からの政治的圧力は限定的のようだ。むしろ政府は円安を利用してインバウンド消費を通じた国内経済活性化につなげてゆくとともに、補正予算を通して家計支出へのマイナスの影響を緩和したいと考えている。
  • 145円を上抜ける急速な円安に対応するため、財務省は1998年以降で初となる円買い介入を行った。しかし、過去日銀の政策支援のない単独介入で為替変動の方向性が変わったことはない。

急速な円安にもかかわらず、日銀は9月22日の金融政策決定会合で、大方の予想通り主要な金融政策を据え置いた。短期政策金利をマイナス0.1%、10年国債利回りについては上限を0.25%として0%程度に抑え込むイールドカーブ・コントロールはすべて維持された。金融政策のフォワードガイダンスも変更されなかった。

日銀が新型コロナ対応金融支援特別オペレーション(コロナオペ)を、直ちに終了させるのではなく、段階的に終了するとの決定を行ったことはやや予想外だった。メディアは以前、日銀がコロナオペを9月に即時終了するだろうと報じていた。

記者会見での黒田日銀総裁の口調は以前と変わらず、市場にハト派姿勢を印象付けた。黒田総裁は、利上げを行う必要性も、当面フォワードガイダンスを変更する必要性もないとした上で、「当面」とは向こう2~3年の意味だと付け加えた。また、現在の高いインフレ率(消費者物価コア指数(コアCPI)は前年同月比2.8%上昇)は望ましくなく、着実な賃金上昇を伴っておらず、GDPギャップも縮小していないため、持続可能ではないと述べた。そして日本経済は依然として新型コロナ危機からの回復途上にあり、日銀にとっては緩和的な金融政策を維持することが重要だと強調した。

日銀が行動に出るには賃金上昇が鍵となる

8月の全国CPI上昇率は前年同月比で3.0%(生鮮食品を除くコアCPI上昇率は同2.8%)となり、市場予想を上回った。CPI上昇率が3%に達するのは1991年11月ぶりのことだ。しかしながら総合インフレ率のうち、1.3ポイントはエネルギー、1.2ポイントは食品が寄与したものであり、どちらの要素も円安と、やや時間差で世界的なコモディティ価格の影響を大きく受けたものだ。この2つを除けば、CPI上昇率は前年同月比0.5%にとどまる。

持続可能な2%のインフレ率を達成するには、賃金上昇が堅調(約3~4%)であることと、GDPギャップが十分にプラスであることが必要である。現在、賃金上昇率は前年比約2%にとどまり(図表1参照)、GDPギャップは2022年第2四半期(4-6月期)時点で2.7%の大幅マイナスである。家計のインフレ期待は依然としてかなり弱い。円安が急速に進行するなかでも、日銀は当面金融政策を据え置くと予想される。

経済の回復が進むなか、2023年には賃金上昇率が2~3%に上がり、GDPギャップは国内成長と今秋に決定される見通しの補正予算にも支えられてプラスに転じると予想する。コアCPIは、2023年前半は2%を上回って推移するだろう(図表2参照)。これによって日銀は2023年半ばに、10年国債利回りの上限を現在の0.25%から引き上げることでイールドカーブ・コントロール(YCC)の調整を行う可能性がある。しかしながら、2023年を通して、短期金利の引き上げやYCCの終了など、本格的な金融引き締めに動くとは思わない。

2023年4月に予定される次期日銀総裁の就任が金融政策の方向性に影響を及ぼすかもしれない。政府は年末までに後任候補者を提案すると予想される。有力候補は2人いる。1人目は現副総裁で黒田総裁に考え方が近い雨宮正佳氏、もう1人は前副総裁で、市場参加者からは相対的にタカ派とみられている中曽宏氏だ。

政府が日銀に政治的圧力をかける可能性は低い

政府と岸田総理大臣は、円安に関する国民からの批判と、為替の急速な動きに関して高まる懸念に直面している。これは、日本の総雇用者の83%が非製造セクターに属しているためである(一方、東京証券取引所プライム市場の時価総額の51%は製造セクターが占める)。帝国データバンクの調査では、60%超の企業が最近の円安は自社の活動にマイナスの影響を及ぼしていると回答した。

22日の記者会見で、黒田総裁は政府が日銀に円安への対応を要請するとは思わないと述べ、その可能性は低いと付け加えた。したがって、政府または岸田首相から日銀への政治的圧力は、ここ最近は高まっていないように思われる。

岸田首相は日銀に円安対応を求めるかわりに、10月からの入国規制緩和を発表し、中小企業と低所得者の支援を目的とした補正予算(3兆5,000億円、GDP比0.6%)の一部を公表した。

岸田首相は円安を利用してインバウンド消費による日本経済活性化と輸出企業支援を行い、補助金を通して中小企業と家計支出へのマイナスの影響を緩和したいと考えているようだ。新型コロナ危機前は、年間のインバウンド消費額は5兆円(GDP比0.9%)だった。インバウンド消費の回復は経済成長を下支えし、一段の円安をある程度抑える。政府は1カ月以内に補正予算案の全体像を発表するだろう。一部のメディア報道によると、その規模は15兆円前後(GDP比3%)と予想される。

日銀の政策支援のない単独介入が為替の方向性を変える可能性は低い

ドル円が145円をつけた後、財務省は為替介入の実施を決定した。ドル売り円買い介入を行うのは1998年以降で初めてだが、単独介入であり、他国との協調介入ではないようだ。この動きは一段の急速な円安を一時的に食い止めるかもしれないが、為替レートの方向性を変えるとは思わない。

日本が過去に行った為替介入の経験から考えれば、米国などとの協調介入は、為替の方向性に明白な影響を及ぼしたことはある。しかしながら、日本の単独介入の場合は、日銀による金融政策支援があった場合でも、状況を大きく変えることはなかった。

例えば、1999年~2000年、2003年~2004年に、日本は日銀による緩和的な金融政策の下でドル買い円売りの単独介入を実施した。これらの介入は一段の円高を防いだかもしれないが、円高の状況を変えることはできなかった。

今回はグローバル市場と日本との拡大する金利差、日本の経常収支悪化、弱いインフレ期待など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)から、円安の状況が当面続くと考える。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese economy: BoJ remains dovish but MoF moves on FX intervention”(2022年9月22日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年9月26日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
青木 大樹

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト

青木 大樹

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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。

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