ElectionWatch
情勢の変化
共和党はなお下院で過半数を奪還する見込みだが、その差は当初予想よりも縮小している。バイデン大統領の支持率は低いが、現在民主党の楽観的な見方が強まっているのは予想外の展開だ。
2022.09.08
中間選挙は、大統領に対する信任投票の色彩が強く、過去の事例に従うと、大統領を擁する政権政党は議席をある程度失う見込みが高い。大統領の人気は就任後2年たつと低下する傾向がある。いつでもどこでもメディアの注目を浴び続けるため、些細な失敗や失言が増幅されがちになるといった事情もその背景にはある。政治的失態や政策ミスによって大統領の支持率が通常よりも急速に落ち込むと、政権与党は選挙でより大きな代償を払うことになる。
これが特に顕著なのが下院議員選挙で、大統領の属する政党は、ほとんど常に議席を失っている1。最近の例では、2010年中間選挙での民主党の大敗や、2018年の共和党の敗北が挙げられる2。上院議員は、現職大統領個人の魅力が低下しても、下院議員ほど影響を受けることはない。上院議員の任期が6年であることも理由の1つだ。なぜなら、上院で最も力のない議員であっても、大統領の任期中に再選を目指す必要がない場合があるからだ。
我々は前回の ElectionWatch 「議会のパワーバランス」(2022年4月21日号)でこのような傾向について述べたが、今年の中間選挙は、当初の予想以上に熾烈な争いになりそうなため、この点を改めて指摘しておく。半年前には、各州の予備選挙がちょうど始まったばかりで、共和党が下院を手堅く制し、上院でも過半数を奪還すると予想されていた。混乱を極めたアフガニスタンからの米軍撤退以来、バイデン大統領の人気は回復しておらず、下院民主党は主要税制法案をめぐって党内で対立していた。
政治の世界では、1週間を長いとしたら半年は一生にも思えるかもしれない。バイデン大統領の正味の支持率(支持率から不支持率を引いた数値)はマイナス圏から抜け出せずにいる(図表1)。ところが民主党は現在、上院では僅差で過半数を維持しそうな気配となっている。共和党はなお、下院では過半数を奪還するのに十分な議席を確保する見込みだが、その差は当初予想よりも縮小している。バイデン大統領の低い支持率にもかかわらず、現在民主党の楽観的な見方が強まっているのは、ここ数カ月の予想外の展開と言える。
このような競争激化の背景には、経験不足の共和党候補の指名から、民主党員や無党派層が抗議デモを行った人工妊娠中絶の権利を認めた判決を覆す連邦最高裁の判断まで、さまざまな要因がある。CHIPS法(国内半導体補助金法)とインフレ抑制法といった法案の成立も要因と考えられる。CHIPS法は超党派の支持を得て成立したもので、半導体の国産化を促進するための520億米ドルの政府補助金と税額控除に加え、科学研究振興に1,700億米ドルを提供する。インフレ抑制法は、以下に詳しく述べるように対象範囲も広く、社会に影響を与える革新的な内容だ。
革新的なインフレ抑制法
インフレ抑制法は、数カ月に及ぶ上院民主党内での意見対立を経て、財政調整措置を使って可決に持ち込まれた(民主党が全員賛成、共和党が全員反対で賛否が同数となり、議長を兼ねるハリス副大統領が賛成票を投じて可決)。ワシントン界隈では、この法案は“Build Back Better“(より良い復興)ではなく”Build Back Later”(後で復興)、”Build Back Never”(決して復興しない)だと揶揄されており、この名称が「インフレ抑制法」に変わったのはそのためかもしれない。この新しい法律名にはやや語弊がある。というのもその条項にはインフレ抑制に重点を置いた条項がほとんど見られないからだ。しかし、連邦政府の医療、エネルギー、気候変動政策の面では革新的な内容となっている。
米国の医療制度は複雑なことでよく知られており、公的保険と民間保険の組み合わせで個人の医療保障がまかなわれている。米国医科大学協会によると、米国人の5人にほぼ1人が家計のバランスシートに医療債務を抱えている。医療費の総額はここ数年、国内総生産(GDP)の20%近くで推移している。医療費全体に占める病院での治療費の割合はおおむね横ばいにとどまっているものの、医薬品支出は1980年から2006年までの間に2倍以上に増加した3。
インフレ抑制法では特に、2026年以降、後発薬との競合がないメディケア(高齢者向け医療保険制度)用医薬品10品目について、米国保健福祉省長官に価格交渉を行う権限を与える。その後は、対象医薬品が毎年追加される。また、医療保険制度改革法(通称オバマケア、ACA)に基づく保険料への助成をさらに3年間延長する。この新法は米国の医療制度に相当な影響を及ぼすが、その代わり、今後当面は医療政策へのさらなる変更はないだろう。投資の観点からすると、薬価改定による医薬品セクターへの影響は、収益の観点からはさほど深刻ではないだろう。そして見逃せない点として、薬価改定という方向性が明確になることで、医薬品セクターのバリュエーションに長くのしかかってきた重しが取り除かれるだろう。
エネルギーと気候変動に関しては、インフレ抑制法により、再生可能エネルギー関連投資を加速させるために300億米ドルの税額控除が提供される。さらに、炭素回収、利用、貯留の施設を対象に税額控除が強化される。その結果、二酸化炭素回収技術を石油回収率の向上に利用できるエネルギー企業は直接的な恩恵を被るだろう。一方、公益企業には、再生可能エネルギー発電量を増やすインセンティブが与えられる。共和党が議会の一方または両方を制すると、エネルギー分野への追加支援が議題に上るかもしれないが、気候変動対策への追加投資は望めそうにない。
また、より広くはサステナブル投資が、国政における論争の一部になっていることも注目に値する。州政府の中には、持続可能性の原則に関連する投資への取り組みに抵抗しているところもあるが、その公約を再確認するところもある。この論争はしばらく続くだろう。米労働省は、年金の投資先に環境・社会・ガバナンス(ESG)要因を考慮することについて、年金基金を導入する事業主向けの最終指針を今年後半に発表する計画だ。
インフレ抑制法の財源の一部として、年間利益が10億米ドルを超える法人に対する新たな代替ミニマム税と、自社株買いに対する1%の課税などが予定されている。我々の試算によると、企業によって影響の程度に違いはあるにせよ、これらの課税強化がS&P500企業の1株当たり利益(EPS)に及ぼす影響は1%と最小限にとどまるとみている。