通貨市場

米ドル高は終わりを迎えたのか?

米ドル指数が7月の高値を再び試している。米ドルが短期的に上昇する条件が一時的ではあるが整いつつある。

  • 米ドル指数が7月の高値を再び試している。米ドルが短期的に上昇する条件が一時的ではあるが整いつつある。
  • 米連邦準備理事会(FRB)の利上げサイクルは2023年1-3月期(第1四半期)に終わりに近づき、それに先立ち米ドル高も終息してゆくとみる。しかし、欧州経済と中国経済の先行きには不透明感が広がっており、大幅なトレンド転換を期待できる材料は見当たらない。
  • 我々の最新の通貨見通しでは、ユーロと英ポンドを非推奨に引き下げた。一方でスイス・フランは唯一の推奨を維持する。

8月は米ドルが再び全面高となり、足元まで2.4%上昇した。米ドルは5月には下落したが、それも4月の4.73%の上昇の後に1.17%と小幅に下落したのみだ。この強い米ドルのさらなる上昇を食い止めるとしたら何であろうか?

FRBが政策転換し、欧州のエネルギー・リスクが後退し、中国のゼロコロナ政策が緩和され住宅市場が改善すれば、いずれも米ドル高の阻止に貢献しよう。しかし問題は、こうしたカタリスト(材料)が出現する環境がまだ整っていない、あるいはすぐに変化がみられるとは単純に想像できないことである。

誤解のないように言うと、長期的な米ドル安材料は数多くある。しかし、過去数週間のニュースが米ドルにとって追い風であることも我々は認識している。例えば、エネルギー価格の上昇は米ドルにとってプラス材料であり、一方でユーロにとっては大きなマイナス材料である。これは、米ドルが短期的に主に欧州通貨に対して強含むという我々の最新の見通しを裏付けるものである。

同時に、ほぼ全指標にわたり示されいてる米ドル高は今後6カ月の間にピークをつけるだろうという我々の大局観は維持する。なぜなら、足元の米ドル高が他通貨との長期の不均衡につながることはなく、月次ベースあるいは四半期ベースいずれでも転換点予測は難しいとしても、最終的には反転が見込まれるからだ。

従って、我々は、為替市場のボラティリティ上昇を活用することを勧める。投資家は、米ドルのエクスポージャー削減のため、足元のスポット価格より魅力的な価格設定をすることができる。これにより投資家は我々の長期見通しでの米ドルのピークを捉えることができ、一方で短期的には米ドル再上昇の恩恵も受けることができる。こうした戦略に基づき、豪ドル、ノルウェー・クローネ、カナダ・ドルなどの資源国通貨を推奨する。

単純な米ドル売りは、対スイス・フランでのみ行うことを勧める。スイス・フランは、欧州経済の不確実性の高まりと相対的なインフレ格差により貿易加重ベースで下支えされるとみている。これは米ドル全面高の阻止に寄与するものであり、またFRBが突然タカ派姿勢を後退させた場合に、投資家に取引参加の機会を提供し得る。ユーロと英ポンドの買建てエクスポージャーの下落リスクは、機動的に管理する必要がある。

米ドル高は終わりを迎えたのか?

インフレとFRB

今年は、制御困難なインフレ高騰と中央銀行の政策対応が投資家にとって最大の課題となっている。市場は、金融政策決定会合や物価・景気データの新たな材料に次から次へと飛びついている。FRBは主要中央銀行の中で利上げサイクルの先頭を走っていることから、米ドルは比較的容易に数十年ぶりの高値に達した。物価上昇圧力は見過ごせない強さをみせていることから、足元の米ドル高の傾向は年末に向けて今少し続く可能性があるが、インフレ率がピークを迎えた場合、2023年は新たな問題が浮上する可能性がある。中央銀行は物価上昇率の低下(ディスインフレ)にどう対応するのだろうか?

供給サイドの問題は別として、需要が過熱していることは明らかである。新型コロナによる2年に及ぶ都市封鎖措置が解除された後、消費者は物価高には無頓着だった。今後は、経済が過熱せず冷え込みもしない丁度良いゴルディロックス期間が終わると、消費者は価格に敏感になり、このことが金融政策と為替市場双方に影響を及ぼすだろう。

FRBは2023年第1四半期に向けて金融引き締め路線の終了を示唆すると予想するが、一方で欧州中央銀行(ECB)など他の中央銀行(将来的には日銀も)は金融政策の正常化を進めることが依然必要になるとみている。これにより金利差はある程度安定化しよう。同時に、市場は大幅に拡大した新たな不均衡、すなわち米国の経常収支にも目を向けていくだろう。米国の経常赤字はGDP(国内総生産)比で4%を超えている。これは、後述するように我々の2023年9月の予想値に大きな影響を及ぼしている。

欧州のエネルギー危機

ウクライナ紛争とそのエネルギー・食料供給への影響は、インフレ以外にも及び、例えば、世界の貿易の構図に大きな変化をもたらしている。

一見したところ、オーストラリア、ノルウェー、カナダ、そしてマレーシア、インドネシア、ブラジル、コロンビアなど一部の新興国市場が主に恩恵を受けているようである。しかし、米国もメリットを享受している。米国の交易条件(輸出価格を輸入価格で除した比率)はパンデミック以降10%超改善し、数年ぶりの水準に達した。一方、欧州、英国、日本の交易条件は同期間で急激に悪化した。こうした二極化は異例なことであり、ユーロ/米ドルがパリティ(1ユーロ=1米ドル)近辺を推移していること、また大半の欧州通貨が米ドルに対して数年ぶり、ないし数十年ぶりの安値に達していること、さらにドル円が140円に近づいていることの背景となっている。従って、FRBの金融政策だけが過去1年、特に直近3~6カ月の米ドル高の要因になっているわけではない。

ウクライナ紛争がいつ、どのような終結を迎えるのか確信をもって予測できる人はいない。しかしエネルギーと食料の供給がかつての形に戻ることは当面ないと言うことはできよう。ロシアとの関係は今後長期にわたり改善することはないとみており、それは、欧州が今後エネルギーを安価に入手できなくなることを意味する。このことは長期的にユーロの重石となり、フェアバリュー(適正価値)への回帰を阻むこととなろう。

注目すべきは、欧州経済が輸出主導型だという点である。域内の問題は多くの場合、世界経済の拡大と欧州輸出業者の業績上昇の局面で最もよく改善される。しかし、現在の低迷はそうした状況とは異なる。米国経済は鈍化し、また中国は引き続き不動産とコロナ関連の問題に直面している。

欧米以外では、貿易収支の改善が常に為替市場での最重要事項となるわけでない。豪ドル、ノルウェー・クローネ、カナダ・ドルなど資源国通貨は、自国の貿易収支の改善に反応することはめったにない。このため、我々はこれら通貨の長期見通しで良好なリターンを予想している。しかし、市場が2023年にそうした要因に再び注目するようになるためには、景気全体のリスク、特に中国経済への懸念が後退することがまずは必要で、その後、こうした要因が為替市場に影響を及ぼしていこう。

中国の国内問題

中国の成長見通しは悪化している。不動産投資は中国のGDPの約25~30%を占め、また土地売却による収入は地方政府にとって最大の歳入源の1つとなっているが、今年は不動産の固定資産投資が前年同期比で5.2%落ち込んだ。

債券の満期到来、自社のオフショア(中国本土外)債券への投資需要の低下、そしてキャッシュフローの減少に直面した不動産開発業者は債務不履行(デフォルト)に陥り始め、その傾向は 2021 年第 4 四半期以降加速している。中国の不動産開発業者が発行したハイイールド債の過去 12 カ月のデフォルト率は 64.8%と記録的な高さに上っている。一方、消費者心理はコロナ規制と中国経済全体の成長鈍化により落ち込んでいる。このため、米ドル/人民元が6.90近辺を推移しても驚きにはあたらない。また、韓国ウォンや台湾ドルなどアジア地域の景気感応度の高い通貨の下落も予想している。

中国の経済活動の低迷は幅広い影響力を持っており、アジアの景気感応度の高い通貨以外に欧州まで及んでいる。実際のところ、中国の景気減速懸念がなければ、我々は為替市場について今とは異なる見通しをしていたと思われる。資源国通貨は上昇し、ユーロと英ポンドは強含んでいくとみただろう。

不動産関連の調整は痛みを伴い長く続く傾向があるものの、中国関連の懸念を強める必要はないと考える。今後期待されるものとして、地方政府による積極的な支援の拡大(ただし中央政府による直接支援は限定的)、遅延していた建設プロジェクトの再開、2022年第4四半期の買い手のセンチメントの改善があげられる。これらにより中国経済は2023年上期(1-6月期)に向けて加速していくと考える。

中国の成長見通しが改善しているとの考えを市場が受け入れるようになるには時間が必要である。しかし、これは2023年上期の初頭にはみられ、景気感応度の高い通貨にとって一般にプラス材料になると考える。

予測変更

予測期間に新たに2023年9月を加え、従来の予想値を見直した。予想にあたっては、上記で述べた重要な変動要因について明確な見通しを持つことが重要である。実際、FRBのタカ派姿勢の転換、欧州のエネルギー危機の後退、中国経済の低迷からの回復は、米ドルのピーク見通しを裏付けるものとなろう。FRBの政策転換が年末に始まり、続いて2023年上期初頭に中国経済データの改善がみられよう。そして、貿易の構図が変わり、需要サイドでの代替品の定着も進み、2023年下期にはエネルギー価格が頭打ちになるとみている。このため、米ドルは2023年にピークを迎えるという見通しを維持する。

もっとも短期的には、年末まで主要なリスク要因が根強く残る可能性があることも考慮する必要がある。このため、今すぐに米ドルがピークを迎えると予想することはできない。スイス・フランなど、金融政策が通貨高を支える安全通貨のみが米ドルに対して横ばい、または上昇するとみている。豪ドル、ノルウェー・クローネ、カナダ・ドルなど資源国通貨は横ばいで推移し、一方でユーロ、英ポンド、スウェーデン・クローナなど景気感応度の高い通貨はコモディティの後ろ盾がなく、今後数カ月は下落すると見込む。米ドル全面高の動きが反転するまで、短期的には日本円のじり安も続くと予想する。

G10通貨以外の通貨は、リスク・オン、リスク・オフのセンチメントと共に大きく変動するとみている。3つの主要リスク要因に対する感応度と各国固有の変動要因により、年末までのパフォーマンスは各通貨まちまちとなると考える。

各国・地域別の通貨見通し

ユーロ: パリティ割れがニューノーマル(新常態)

ユーロ/米ドルは、最近になって再びパリティを下回って推移している。今後数カ月は米国とユーロ圏の金利差が高止まりすることから、これがより常態化すると考える。また、欧州では景気後退リスクが高まる余地がある一方で、ECBによる直近のタカ派的コメントはあるも、大幅に上昇したインフレ率の効果的な抑制に苦戦している。ユーロ圏の分断リスクについては、市場はECBが抑制できるとみているようである。こうした欧州の問題を踏まえ、我々はユーロ/米ドルの予想を引き下げた。ユーロ/米ドルの今年12月の予想値を0.96(従来予想:0.98)に引き下げ、その後も低い水準を推移するとした。しかしながら他方で、ユーロ/米ドルの回復見通しも維持する。このため、我々の予想値のグラフは、ホッケー・スティック型の曲線に類似している。投資ガイダンスの点では、我々の見通しは明らかに単純ではない。しかし、端的にいうと、ユーロ/米ドルの回復に向けてポジションを組むのは時期尚早であると言える。

英ポンド: 台風の目の中

英ポンドはいくつかの大きな問題を乗り越える必要があるが、その後は長期にわたり着実な回復局面を迎えるだろう。英国経済が急減速し、次期首相が決まるまで政治空白が生じていることから、イングランド銀行(英中銀)のタカ派姿勢による下支え効果は相殺される可能性が高い。英ポンドのような景気感応度の高い通貨は、投資家から選好されるためには国内情勢の改善だけではなく、リスク許容度の幅広い高まりが必要と考える。よって、英ポンド/米ドルの年末の予想を1.12に引き下げることとする。その後はマクロ見通しが明るくなり、2023年下期には1.24まで回復すると見込む。当面、英ポンドはリスクオフ・ムードの高まりが重石となり、ユーロに対しても弱含むとみている。ユーロ圏経済も落ち込んでいるが、エネルギー価格上昇の家計への影響は一部緩和されており、景気の落ち込み度合いは英国ほど大きくならないと考える。さらに、利上げとなれば、ECBの方が英中銀よりも市場予想を上回る利上げ幅となる可能性が高い。

スイス・フラン: 安全通貨の特性に則った推移

欧州で不確実性が高まる中、スイス・フランが上昇している。欧州は数カ月後に極めて厳しい冬を迎えることが懸念されており、それがスイス・フランの上昇を後押ししている。スイスと主な貿易相手国とのインフレ格差は大きく、スイス国立銀行(中央銀行)はタカ派姿勢を堅持している。ユーロは2カ月近くにわたりパリティ(1ユーロ=1スイス・フラン)を下回って推移しているが、同中央銀行は対ユーロでのスイス・フラン上昇に対応する意向を示していない。こうした好ましい環境(ユーロ/スイス・フランのフェアバリュー(適正価値)は低下)と欧州の厳しいエネルギー事情により、スイス・フランは安全通貨の特性に完全に則った動きをするとみている。これにより、そして足元のスポット価格を考慮し、ユーロ/スイス・フランの年末の予想値を0.92に引き下げる。スイス・フランは米ドルに対しても底堅く推移、あるいは力強く上昇するとみている。米ドル/スイス・フランの下落は、米国経済の鈍化とFRBのハト派姿勢への転向が主な理由となろう。

カナダ・ドル: 力強い上昇に向け待ちの姿勢

カナダ・ドルは基盤がしっかりしており、上昇余地が大きいことを再度指摘しておく。しかし、同通貨に関しては、米ドル高とFRBの利上げサイクル(我々の予想よりも長くなる可能性が高い)が悪材料となっていることも認識する必要がある。このため、カナダ・ドルの上昇を予想するが、スタート地点の水準は引き下げることとした。FRBが利上げサイクルの終了を示す金融政策の先行指針(フォワードガイダンス)を示せば、カナダ・ドル上昇のきっかけになろう。原油価格の上昇とそれに伴う経常収支の改善は、カナダ・ドルにとってプラス材料である。また、最新のマクロ経済データはカナダ経済が上向いていることを示しており、カナダ銀行(中央銀行)が予想以上にタカ派姿勢を強める可能性もある。そのため、米ドル/カナダ・ドルは1年後に1.24に達すると予想する。カナダ・ドルは、ウクライナ紛争の影響が限られ、また米ドルとの連動性があることから、ユーロや英ポンドとのクロス取引では魅力が高いと考える。

豪ドル: 手堅い通貨

最近の米ドル全面高の局面では、豪ドルは比較的底堅い動きを示してきた。豪ドルの主なプラス材料として、エネルギー価格上昇による過去最大の貿易黒字の計上、安定した国内経済、中国の追加景気対策出動の兆候(主要鉱山企業の株価を下支えしている)があげられる。オーストラリア準備銀行(中央銀行)が年末に向けてタカ派姿勢を強めても市場は驚かないと考える。しかし、過剰引き締めのリスクも低く、経済のソフトランディング(軟着陸)が我々の基本シナリオである。実際のところ、住宅市場も、全体の在庫状況を踏まえると供給のひっ迫は続こうが、主たる懸念材料の1つにすぎないと考える。全体のセンチメントの鍵は中国が握っており、下期のインフラ投資は前年比で10~12%拡大すると予想する。これと、足元の欧州のエネルギー危機が重なり、2023年に向けてオーストラリアの交易条件は改善し、貿易黒字が拡大すると見込む。そのため、豪ドル/米ドルは向こう12カ月で0.76まで上昇すると予想する。また、ニュージーランド・ドルに対する豪ドルの買いポジションを組み入れることを勧める。我々の豪ドル/ニュージーランド・ドルの向こう12カ月の予想値は1.14~1.15である。

日本円: ファンダメンタルズは改善するも、スピードは不十分

ドル円は米ドル全面高の動きに伴い140円の水準を再び試すとみており、2022年12月の予想値を米ドル高方向に引き上げた。しかし、それがピークになるとみている。日本政府が複数の原発の再稼働と外国人観光客の受け入れ上限の引き上げを最最近発表しており、円の下支え要因になると見込むが、効果は限定的だろう。むしろ、日米金利差に対するドル円の感応度を考えると、FRBの今後の政策の方がドル円の方向を占う上で重要だ。よって、FRBが我々の予想通りに年末に利上げを停止すれば、同時にドル円もピークをつけると予想する。125~130円のレンジに向けて下落する次のきっかけは、2023年下期のFRBの利下げ転換になると考える。


本稿は、UBS Switzerland AG、UBS AG Singapore Branch、UBS AG London Branch、UBS Financial Services Inc.、およびUBS AG Hong Kong Branchが作成した“Currency markets: Have we reached the end of USD strength?”(2022年8月25日付)の一部を翻訳・編集した日本語版として2022年9月6日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。

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