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インフレ懸念再浮上で株価下落

米国のインフレ率が再び上昇したことを受け、金融引き締めが加速し、景気後退に追い込まれるとの懸念が再浮上したことから、10日のS&P500種株価指数は2.9%下落した。

何が起きたか?

10日のS&P500種株価指数は2.9%下落した。米国のインフレ率が市場の予想に反し再び上昇したことを受け、金融引き締めが加速し、米国経済を景気後退に追い込むとの懸念が再浮上した。週ベースでは5%の下落となり、5月後半に付けた直近最安値水準に戻った。

10日に発表された5月の米国消費者物価指数(CPI)は前年同月比8.6%上昇し、1981年以来の高い伸び率となった。この上昇で、インフレ率は3月でピークを打ったとの見方は否定された。前月比の数値も、ガソリン、食品、賃料などの値上がりを反映し、1%の上昇と市場の予想を上回った。

物価上昇が家計への負担となっているデータも示された。10日に発表されたミシガン大学消費者信頼感指数は5月の58.4から50.2に低下し、1978年の統計開始以来で最低となった。米連邦準備理事会(FRB)が発表した5月25日時点のクレジットカードやその他借り入れの残高は、前年比で15%増加している。また、最新の経済指標に基づき実質GDP成長率予想を算出したアトランタ連銀の「GDPナウ」によると、2022年4-6月期GDP成長率は0.9%の伸びにとどまることが示唆されている。1週間前のデータでは1.3%と予想されていた。

世界情勢も市場のセンチメントの重しとなっている。中国・上海は、新型コロナによるロックダウン(都市封鎖)解除からわずか10日で、新型コロナの集団検査実施のため一部区域でロックダウンを再施行した。また欧州中央銀行(ECB)は、9日に開催された理事会で7月に約10年ぶりの利上げに踏み切る方針を示したほか、9月にも0.5%の追加利上げを行う可能性を示唆するなど、タカ派姿勢を鮮明化した。

この状況は何を意味するか?

CPIの数値は、FRBによる利上げのペースが今年後半に減速するとの市場の期待を裏切る結果となった。市場は6月14~15日に開催される次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.5%の利上げが行われることをすでに予想していたが、こうしたデータを受け、利上げペースの加速を織り込み始めた。フェデラルファンド金利先物は、7月のFOMCで0.5%を上回る0.75%の利上げと、2022年内に累計3.10%近くの利上げが行われることを織り込んでいる。4月時点では約2.4%と予想されていたが、それよりも加速した。

FRBの金融政策のタカ派色がさらに強まる可能性や経済指標の軟化も、経済成長見通しの更なる足かせとなっている。景気後退懸念が増大していることを反映して債券市場ではイールドカーブがフラット化し、米国10年国債利回りの2年国債利回りに対するプレミアム(上乗せ金利)は10ベーシスポイント(bp)に縮小した。5年債と30年債の利回りは再び逆転し、3月以来となる逆イールドが生じた。

今後の展開

ウクライナ紛争によるエネルギーと食品価格の上昇により、高インフレが想定以上に長引いている。産油国連合のOPECプラスは増産幅の拡大で合意したが、原油価格は高止まりの状態が続くと予想する。一部の加盟国は増産に苦戦し現行の目標も達成できていないため、市場に放出される追加原油の規模は小さいとみられる。EUのロシア産原油の禁輸措置も、一部適用除外はあるものの、今後数カ月で世界の原油供給量を減少させると見込まれる。

一方、自動車など、コロナ禍による一部セクターの価格高騰も正常化が遅れている。5月のCPIによれば、自動車価格は新車、中古車ともに前月比1%以上の上昇となった。

だが、足元の状況は、インフレに歯止めが掛からないのではなく、鈍化が遅れているだけだと我々は見ている。食料とエネルギーを除いた5月のコアCPIは6.0%上昇と、4月の6.2%、ピークを付けた3月の6.5%から減速している。テレビやスマートフォンなど一部の品目では価格低下が続いており、消費支出の対象が財からサービスへとシフトしている状況がうかがえる。こうした傾向も供給制約に対する一定の緩和要因となろう。

さらに、5月のインフレ率が上昇したことで今後数カ月のインフレ率の減速ペースがむしろ加速する可能性もある。高インフレを受けて消費者が支出を抑制し、また前年との比較によるベース効果も今後より有利に働くとみられるからだ。労働市場のひっ迫緩和を示す兆候も見られる。求人件数はピークを過ぎ、新型コロナの感染状況の落ち着きとともに労働市場に復帰する労働者も増えている。5月は労働力人口が約33万人増加し、労働参加率は62.3%と4月の62.2%をわずかに上回った。こうしたトレンドが続けば、FRBが年内に利上げペースを減速させ、タカ派姿勢を緩和させる可能性もなお見込まれる。

経済成長は減速が続くと我々は見込んでいるが、年内に景気が大きく失速するとは予想していない。高水準の雇用状況が続いていることから、家計支出の急激な減少は見込みにくい。直近の指標によれば、5月の雇用者数は39万人増と事前予想を上回り、失業率は過去最低水準の3.6%で推移しており、求人倍率も約2倍となっている。

最後に、中国の習近平国家主席は先週、ゼロコロナ政策と雇用などの経済的なニーズとのバランスを取るよう呼び掛ける発言を行った。これにより、一部地域で感染が再拡大したとしても、従来のような厳格な封じ込め措置が発動される可能性は低いとみられる。中国オフショア(本土外)株式は5月下旬から約10%反発しており、10日も米国株式市場を上回るパフォーマンスを示した。中国の悪材料はほぼ出尽くした可能性があると見る我々の見方を裏付けている。

投資見解

景気減速懸念が高まっており、金利上昇が株式への逆風となっている。短期的(6カ月程度)には、バリュー投資およびボラティリティ(価格の変動)への対応を中心とした戦略が有効と考える。一方、長期投資家に対しては、セキュリティ(安全保障)の新時代のテーマにおいて、割安で高い成長性がある銘柄に投資機会があると考える。

具体的には次のような投資行動を勧める。

1に、バリュー株に投資する。インフレ率はいずれ減速するとみているが、当面は中央銀行の目標を上回る水準での推移が予想される。過去を振り返ると、インフレ率が3%を上回る環境下ではバリュー株がグロース株をアウトパフォームしてきた。よって、エネルギーやヘルスケアなどのバリュー・セクターを勧める。

2に、ボラティリティに備える。不確実性とボラティリティが高い環境下では、ドローダウン(大幅下落)を抑制する戦略を検討することを勧める。通貨に関しては、ボラティリティの上昇は余剰キャッシュを使ったリターン上昇を狙う機会と捉える。特に資源国通貨(豪ドル、ニュージーランド・ドル、ノルウェー・クローネ、カナダ・ドル)は魅力的なリスク・リターンを提供すると考える。

3に、ポートフォリオの防衛を強化する。高クオリティ銘柄、高配当銘柄、ヘルスケア銘柄などに注目したい。いずれも景気後退時にアウトパフォームし、ポートフォリオの変動を抑えるのに寄与する可能性が高い。また、低金利やマイナス金利が長年続いたため、短期デュレーション(残存期間の短い)の投資適格債など債券の一部にも投資妙味が出てきたと考える。これらの債券は、景気後退シナリオでポートフォリオに耐性を与えるとみている。

4に、オルタナティブ(代替)資産で分散投資を図る。目先で不確実性とボラティリティが高まっている状況下では、オルタナティブ資産を組み入れることで長期リターンの追求を続けることが可能と考える。公開市場のバリュエーションが低下した後にプライベート市場に投資することは、これまで有効な戦略として機能してきている。米大手投資管理会社ケンブリッジ・アソシエイツによると、1995年まで遡る過去実績に基づくと、MSCIオールカントリー・ワールド指数(MSCI ACWI)のピークから1年後に組成されたグローバル成長バイアウト・ファンドの年間平均リターンは18.6%を記録している。一方公開株式がピークに達する2年前に投資が開始されたファンドの同リターンは8%にとどまっている。インフラストラクチャー、不動産、プライベート市場などの資産は、ポートフォリオのインフレ耐性を高める効果が期待できる。また、ヘッジファンド戦略(特にマクロ戦略)の中には、景気後退シナリオで優れたパフォーマンスを上げ、株式と債券の相関性が高まった局面ではポートフォリオのボラティリティ抑制に寄与できるものもある。

5に、セキュリティ(安全保障)の新時代に備えたポジションを構築する。ウクライナ紛争が続く中、政府と企業はともにセキュリティ(安全保障)の新時代への対応を進めている。足元では、食料およびエネルギーの安定確保に向けた動きがさまざまなコモディティ市場の逼迫につながっている。この動きは今後数カ月にわたり原材料価格の上昇を支え、資源市場全般への追い風となるだろう。長期的には、この新時代には自動化とロボティクス、脱炭素、サイバーセキュリティ、農産物の収穫量拡大などの需要が高まるとみている。

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本稿は、UBS AGが作成した“CIO Alert: Equities fall amid renewed inflation concerns”(2022年6月12日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年6月13日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
Mark Haefele

最高投資責任者
UBS Global Wealth Management

Mark Haefele

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プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。

ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。

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