投資戦略インサイト
ウクライナ危機の長期的な影響
ロシアによるウクライナ侵攻が世界を揺るがしている。ウクライナ情勢は新型コロナ禍で加速したトレンドに拍車をかけ、国際関係や相互依存体制に対する疑念を生んでいる。
2022.05.16
新たな世界における3つのトレンド
- 世界で不信感が高まる中、グローバル化の変容が加速し、企業や政府がサプライチェーンの安定確保に一層注力するだろう。
- 各国が化石燃料への依存度の抑制を目指す中、脱炭素の取り組みは一段と重要性が増すだろう。今後数年は、環境対策、安全保障、事業継続の確保といった要素がエネルギー市場に大きく影響を及ぼすだろう。
- 冷戦終結による「平和の配当」が徐々に失われる中、軍事・防衛費の拡大が各国で重要な課題となるだろう。安全保障全般、特にサイバーセキュリティ、食料、エネルギーに対する注目が高まると予想する。
概要
ロシアによるウクライナ侵攻が世界を揺るがしている。ウクライナ情勢は新型コロナ禍で加速したトレンドに拍車をかけ、国際関係や相互依存体制に対する疑念を生んでいる。今回の紛争により国際関係や同盟が見直され、商取引の相手国や方法が大きく変わるだろう。
我々は、新たな世界における重要なトレンドは、3つの「D」、すなわちグローバル化の変容(Deglobalization)、脱炭素化(Decarbonization)、防衛(Defense) だと考える。
• 世界で不信感が高まる中、ここ数年で顕著になってきたグローバル化の変容がさらに加速し、企業や政府はサプライチェーンの安全確保に一層注力するだろう。国際的な制裁リスクが考えられることから、投資家は、どの地域にどのように分散投資するかを再検討する必要があるだろう。
• 脱炭素化もロシアによるウクライナ侵攻前から見られたトレンドだが、エネルギー市場がひっ迫し、各国が化石燃料依存度の引き下げを目指す中、脱炭素の取り組みは一段と重要性が増すだろう。今後数年は、環境対策、安全保障、事業継続の確保などの動きがエネルギー市場に大きく影響を及ぼすだろう。
• 冷戦終結による「平和の配当」が徐々に失われる中、軍事・防衛費の拡大が各国で重要な課題となるだろう。安全保障全般、特にサイバーセキュリティ、食料、エネルギーに対する注目が高まると予想する。歳出増加は負債水準の上昇につながり、これがインフレ要因となる可能性がある。
こうした世界の変化は、「オートメーションとロボティクス」、「中国人民元への分散」、「コモディティ価格の上昇」、「グリーンテック」、「サイバーセキュリティ」、「食料革命」、「農業生産性の向上」といった重要な投資テーマを下支えする要因になると考える。
新たな冷戦:基本シナリオ
ロシアによるウクライナ侵攻が世界を揺るがしている。ウクライナ情勢は新型コロナ禍で加速したトレンドに拍車をかけ、国際関係や相互依存体制に対する疑念を生んでいる。世界は激変の瀬戸際にある。ウクライナ侵攻は、西側の民主主義国家とロシアとの関係のみならず、東側と西側、新興国と先進国といった幅広い国際関係にも影響を与えるだろう。今回の紛争により、商取引の相手国や方法が、世界的にも地域的にも見直されると考える。
基本シナリオー新たな冷戦
我々の基本シナリオでは、新たな冷戦状態が幕を開けると想定している。ウクライナ紛争は甚大な人的被害をもたらしたことから、西側の民主主義国家、北大西洋条約機構(NATO)加盟国、およびロシアは新たな関係に突入せざるを得ないだろう。新興国の多くは中立を維持するか、自国に有利な利害関係や資源を有する側につこうとするだろう。
今回の紛争で生じた分断は、何らかの停戦合意後も長期的に続くと我々はみている。現在の地政学的な敵対関係を修正する国家首脳に交代しない限り、ロシアが西側陣営から孤立した状況は続き、貿易関係は損なわれるだろう。米国および西側諸国がロシア以外の国に科してきた過去の制裁状況を見る限り、対ロ制裁がたとえ解除されるとしても、一部の分野に限定される可能性が高いことが示唆される。とりわけ欧州は、ロシア産エネルギーに依存しない体制を目指しており、ロシアからのコモディティ輸入を削減するとみられる。ロシアとの商取引の規模は、紛争前の水準を大きく下回り、欧州が新たなコモディティ調達先を確保するに伴い、今後数年で一段と減少する可能性が高い。
悲観シナリオ
悲観シナリオでは、新たな冷戦が激化し、ロシアとのコモディティ取引が年内に停止すると想定している。だが、短期間で代替先を確保できる可能性は低いため、特に欧州は景気が大幅に下降すると予想する。ロシアは中国やその他新興国との連携を強め、その結果世界の二極化が進み、国際貿易と世界経済が打撃を受けるだろう。各経済ブロック内で相互協力体制が強化され、ブロック間の分断が拡大する。コモディティの戦略的な供給確保が経済的に一層優先されるようになり、技術移転の禁止、資本市場へのアクセス制限、追加制裁(第2弾)が繰り出されると予想する。
楽観シナリオ
楽観シナリオでは、ロシアとの停戦合意の一環として、一部の制裁が解除される。ただし、ロシアとの貿易関係が一部再構築されるものの、同国への不信感は根強く残る。制裁の解除により、ロシアからのコモディティ輸入の代替先を急いで確保する必要がなくなり、コモディティ価格に上乗せされていたリスクプレミアムが剥落する。コモディティ調達先の分散は引き続き重要課題であるが、長期目標にとどまる。こうした前向きな結果が起きる可能性は排除しないものの、このシナリオは実現の確率が最も低いとみている。