日本株式

円安は業績にプラスとなるか

日本の上場企業にとって、円安は業績全体にプラスに寄与するものと考える。だが、日本株式市場は下げ基調だ。

  • 日本の上場企業にとって、円安(対米ドルまたは対ユーロでの)は業績全体にプラスに寄与するものと考える。だが、日本株式市場は下げ基調だ。原因は、足元で市場の焦点が好材料よりも悪材料に置かれていることにあると考える。
  • 日本経済は、年初からの新型コロナ・オミクロン変異株感染拡大の影響から回復しつつある。例えば新幹線の乗車率は、3月下旬に政府が新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置などの制限を解除して以降、急速に回復している。
  • 我々は引き続き、日本の経済再開と金融正常化に関連したテーマを推奨する。

我々の見解

日経QUICKは3月に行った調査で、プロの投資家を対象に円安が株価にプラスに作用するかどうかを尋ねた。投資家からの回答は、株価にプラス、マイナス、中立に分かれており、円安が及ぼす影響の複雑さが反映された。

日本の上場企業にとって、円安(対米ドルまたは対ユーロでの)は業績全体にプラスに寄与するものと考える。原材料を大量に輸入しなければならない企業にとっては通貨安は痛手だが、日本の上場企業の多くは海外取引を活発に行っているため(売上の20~30%を占める)、円安の恩恵を受けるだろう。通貨安は、海外事業の営業利益(または純利益)を現地通貨換算する際に押し上げ要因となるためだ。

しかし、対米ドルでかなりの円安水準にあるにもかかわらず、日本の株式市場は下げ基調だ。我々はこの原因が、足元で市場の焦点が好材料よりも悪材料に置かれていることにあると考える。悪材料としては、ロシアのウクライナ侵攻、米国のインフレ率と金利の上昇、各国中央銀行の金融引き締めが挙げられる。好材料としては、日本経済が年初からの新型コロナ・オミクロン変異株感染拡大の影響から回復しつつあることが挙げられる。例えば新幹線の乗車率は、3月下旬に政府が新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置などの制限を解除して以降、急速に回復している。

日本はいまだ外国人観光客を受け入れていないが、入国制限が緩和されればプラスに働くだろう。我々は経済の再開が2022年度の企業業績を押し上げると予想する。また、円安は、コモディティ価格・エネルギー価格の上昇が輸出企業に及ぼす負の影響を一部相殺する見込みだ。日本企業の利益は2021年度に48%増加したが、2022年度はさらに10%増加し、新型コロナ危機前の数字を上回って4年ぶりの高水準に達すると予想する(図表3参照)。

さらに、株価収益率(PER)で見た株価バリュエーション(株価評価)は今年下落したが、配当利回りは平均2.3%に上昇している。日経平均株価のPERは2021年3月に10年ぶりの高水準近くに達したが、現在は10年ぶりの低水準近くにある。PERが低く企業業績が堅調であることを勘案すると、バリュエーションのこれ以上の低下は限定的と考える。低いバリュエーション、堅調な企業業績、高い配当利回りを鑑みて、一部セクターの株価は反発すると予想する。日銀が金融政策を変更する可能性があり、また配当利回りが高く、バリュエーションが割安であることから、我々は日本の金融銘柄を推奨する。日銀が直ちに金融政策を変更するとは思わないが、黒田総裁の任期が2023年4月に満了するため、今後1年の間、特に2022年7月の参議院選挙後に、金融政策が引き締められるとの期待が投資家の間で高まるかもしれない。

グリーンインフレーションと日本企業

我々が推奨するもう1つの分野はグリーンテックだ。ロシア・ウクライナ紛争を背景に、世界の多くの地域で再生可能エネルギーへの転換が加速するだろう。日本はエネルギーの大半を輸入に頼っており、液化天然ガス(LNG)輸入の約10%をロシアが占めるなどしている。世界的な環境が変わる局面では、安全保障が国と企業を外的なショックから守る鍵となる。こうした環境変化の結果、世界各地の消費者は価格高騰を受け入れなければならないかもしれないが、円安が進む中、日本企業は欧米諸国により手ごろな値段で製品を提供することができるだろう。

過去20年間で、日本企業は生産拠点を中国や東南アジアなど生産コストの安い国々に移してきた。しかしながら、供給保障を強化し、重要技術の国外流出を防ぐ必要性が高まる中、今後はサプライチェーンを自国に回帰させる動きが広がるかもしれない。円安を機に、日本企業は生産拠点の国内回帰を推進し、国際競争力を回復させるだろう。20年間のデフレと足元の円安を受けて、日本企業はようやく国内生産拠点への投資を強化し、サプライチェーン短縮と国内サプライチェーン確保を通じて生産性と競争力の向上に取り組み始める可能性があると考える。

外国人投資家

日本株市場においては外国人投資家の存在感が大きい。保有比率は国内投資家のほうが高いが、取引の頻度は外国人投資家よりもかなり低い。図表5が示すように、アベノミクスへの期待が外れたことや新型コロナの経済的影響が他国よりも深刻だったことなどから、外国人投資家は2015年以降日本株式を売り越している。その結果、日本の株式市場のパフォーマンスは2021年年初以降、MSCIワールド指数を15%下回っている。

日本株式のアンダーパフォーマンスを業績の観点から正当化することは難しいと思われる。日本企業の1株当たり利益(EPS)は、MSCIワールド指数のEPSとほぼ同じペースで回復してきた(図表7参照)。このデータから、外国人投資家は日本企業の収益力と、安全保障の新たな時代における有利な立ち位置を過小評価していると考える。日本は欧米諸国の有力な製造ハブとして復活する可能性があり、日本企業はここ数年の数々の海外企業買収を通して、こうした未来に向けた転換を図っていると思われる。例えば、大手総合電機メーカーは過去6~7年の間に、国内の非中核大手企業8社を売却し、海外の大型事業6つを買収した。こうした動きは同社の企業業績を押し上げ、また企業文化をより柔軟にすると我々は考える。

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本稿は、UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社が作成した“Japanese equities: Will a weaker yen help earnings?”(2022年5月9日付)を翻訳・編集した日本語版として2022年5月11日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。
居林 通

UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィスジャパン・エクイティリサーチ・ヘッド

居林 通

さらに詳しく

2006年9月にUBS証券株式会社にアナリストとして入社。以来、日本の株式、経済動向を分析し、国内・海外に発信している(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以前は1992年から2003年まで国内大手投資信託にてアジア株および日本株のファンドマネージャーを経験、その後2003年から2006年までヘッジファンドにて日本株の運用などに携わった。
日経CNBCなどにコメンテーターとして出演する傍ら、日経ビジネス、日経新聞、ロイターなどの各種メディアでも解説記事、インタビューなどを通してUBSの投資見解を提供している。現在の連載は週刊ダイヤモンド「株式市場 透視眼鏡」、日経ビジネスオンライン「市場は晴れ時々台風」。2001年エモリー大学ゴイズエタビジネススクール(米国アトランタ)にてMBA取得。

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