日本経済
日銀はハト派姿勢を維持
日銀は3月18日の金融政策決定会合で金融緩和の維持を決定した。黒田総裁のトーンは全体的にハト派的だったが、日銀の政策調整の方向性についてのヒントがいくつかあった。
2022.03.18
- 日本銀行は3月18日の金融政策決定会合で金融緩和の維持を決定した。黒田総裁のトーンは全体的にハト派的だったが、日銀の政策調整の方向性についてのヒントがいくつかあった。
- 国内総生産(GDP)成長率が堅調に回復し、インフレ率が賃金の伸びを伴って2%近くに上昇し、新たに指名された日銀政策委員会委員の顔ぶれも踏まえると、日銀は2022年後半、または2023年前半にイールドカーブ・コントロールを調整する可能性がある。市場では日銀の政策調整に対する思惑が強まる可能性がある。
- 日銀がイールドカーブ・コントロールを調整すると、10年国債利回りは年末までに0.25~0.4%に達しても不思議ではない。円には幾分の上昇圧力が生じるかもしれない。株式については、景気回復に伴う債券利回りの上昇が金融や一部の景気敏感セクターに恩恵をもたらす可能性がある。
日銀は3月18日の金融政策決定会合で、大方の予想通り金融政策の基本方針を据え置いた。短期金利を -0.1%、10年国債利回りを0%程度に維持するイールドカーブ・コントロールは維持された。資産購入については、上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の年間上限購入額をそれぞれ12兆円、1,800億円に据え置くことが決定された。
「当面の金融政策運営について」は、会合後の記者会見における黒田総裁のコメントと同じく、全体的にハト派的な内容だった。このコメントを受けて、ドル円は1ドル=119円まで(ドル高円安方向に)上昇した。だが、日銀の政策調整の方向性についてはいくつかのヒントがあった。黒田総裁は、コストプッシュ型インフレは持続せず、現行の金融緩和政策を維持することが重要であると強調した。しかし、輸入物価の上昇が経済の他の分野に広がった場合には日銀は動くとも述べた。
記者会見とは別に、黒田総裁は3月16日に国会で、長期債利回りが低下すると金融セクターの収益が悪化するため、イールドカーブを傾斜させておくことが重要だと指摘した。同時に、日銀は現在上下25ベーシスポイント(bp)としている長期金利変動幅を当面変更する計画はないと述べた。
日銀がイールドカーブコントロールを調整する可能性
黒田総裁は金融政策の調整または正常化の必要性を否定したものの、我々は、2022年後半または2023年前半に、長期債利回りの上昇をある程度許容することでイールドカーブ・コントロールを調整する可能性があるとみている。理由はいくつか考えられる。
第1に、3月下旬にまん延防止等重点措置が解除されるため、2022年第2四半期(4-6月期)または第3四半期に経済成長率が回復すると考えている。エネルギー価格と食品価格の値上がりは、消費者心理にある程度の重石となる可能性がある。しかし、家計はまだおよそ40兆円(対国内総生産(GDP)比で7%)という莫大な余剰貯蓄を抱えている。さらに、GoToトラベルキャンペーンの再開もサービス消費を押し上げる可能性がある。7月の参議院選挙前に予想される景気刺激策も家計の景況感を支えよう。
第2に、我々は2022年後半に穏やかな賃金上昇を予想しており、年後半のインフレ率は1%を優に上回って推移するだろう。最近行われた労使間の賃金交渉(春闘)で示された今年の賃上げ率は、昨年の前年比+1.86%に対して+2%超(ただし現時点では大手企業のみ)と、予想以上に強い結果となった。黒田日銀総裁も、今年の春闘について、これまでのところ非常にうまくいっていると述べている。
5月から6月にかけて、各社の労使交渉の結果が次々と発表されるだろう。春闘による賃金伸び率は2%を上回ると予想される。これは、従業員1人当たり名目賃金伸び率の前年比+1%と平仄が合い、消費者物価指数(CPI)伸び率の1%を大きく上回る(図表1参照)。
第3に、賃金の伸びが緩やかでエネルギー価格の上昇圧力が続くことから、生鮮食品を除いたコアCPIは2022年後半でも2%近い高水準で推移しそうだ(図表2参照)。2月には、全国のコアCPI上昇率は前年同月比+0.6%と、1月の同+0.2%に続いて低水準にとどまった。だが、2021年4月以降の通信料金の値下げといった一時的要因を除くと、コアCPIは前年比+2.1%となる。こうした押し下げ効果の大半は4月までには徐々に解消され、4月以降はコアCPIが+2%に近づく急激な上昇が予想される。インフレ率の2%達成は一時的かもしれないが、日銀がイールドカーブ・コントロールを調整するには十分だと考えている。
日銀への政治的圧力
こうした経済的理由に加え、政治的理由もある。現在の岸田内閣は日銀の金融政策の正常化を望んでいる模様である。国際通貨基金(IMF)は経済政策に関する各国政府のスタンスを反映することが時々あるが、そのIMFが最近日銀に対し、景気回復に合わせて金融セクターの収益性を上げるために金融政策の正常化を図るよう提言した。
さらに、岸田首相は、2022年7月に退任する片岡剛士氏の後任となる新たな日銀政策委員会委員候補を指名した(図表3参照)。片岡氏は金融緩和に積極的なスタンスでよく知られているため、より中立的なスタンスの委員候補を指名したということは、政府が日銀の金融政策の正常化に備えていることを示唆するものかもしれない。また、黒田総裁は2023年4月に任期を満了する。次期総裁は、岸田内閣の見解を反映してややタカ派的な人物になる可能性があるというのが市場の憶測である。
また、岸田総理大臣は最近、円安が続いた場合の消費への悪影響について語っている。黒田総裁は、もはや2%のインフレ目標達成のために円安を追求することはないようだ。円安がさらに続いた場合、円を安定させるために金融政策調整への圧力がかかるかもしれない。
市場への影響
日銀はまだしばらくはハト派姿勢を維持するかもしれないが、以上のような経済的、政治的理由から、2022年後半から2023年前半にかけて、おそらく10年国債利回り目標の変動幅を拡大することで、イールドカーブ・コントロールの調整を始める可能性が高い。
また、GDP成長率の堅調な回復が明らかとなり、インフレ率が賃金の伸びを伴って2%近くに上昇し、2022年後半に日銀の新総裁が指名されると、日銀の政策調整をめぐる市場の憶測も高まる可能性がある。
景気回復の中で長期債利回りの上昇を容認するのは自然なことであるため、日銀はこうした政策調整を政策の正常化のはじまりとはみなしていないかもしれない。米国10年国債利回りが2022年末までに2.1~2.3%に達すると仮定すると、日本の10年国債利回りが0.25~0.4%に到達しても不思議ではない。
日銀による長期金利上昇の容認により、円は幾分の上昇圧力にさらされる可能性がある。株式市場については、景気回復に伴う債券利回りの上昇が、金融や一部の景気敏感セクターに恩恵をもたらす可能性がある。