Monthly Letter 11月号
スタグフレーションは起きるのか?
1970年代をよく覚えている世代にとって、現在のスタグフレーションの話題は軽視できない。エネルギー価格の上昇や労働市場の供給をめぐる混乱で、成長は減速しインフレ期待が高まっている。
2021.10.21
「マーク、車から降りて見てみなさい。アメリカ経済の衰退の始まりだ」。私の父は1972年製シボレー・キングスウッド・エステート・ワゴン(燃費:1ガロン当たり10マイル)*の窓を叩いて私にこう叫んだ。家族旅行でガソリンスタンドに立ち寄った際に目にしたガソリン価格は、1ガロン当たりで64セントと驚愕の金額だった。ガソリン価格は、1970年代半ばまで上昇し続け、父は不平を漏らしていたが、64セントは父には譲れない一線だった。というのも、私が思うに、その日父は、それ以上の値上がりは一時的な危機ではなく、永久に値上がりし続けることだと気づいたのだろう。振り返ると、父にとって64セントがアメリカン・ドリームの終焉の到来を示唆するかのように思えたのだろう。
1970年代のことをよく覚えている我々の世代にとって、現在のスタグフレーションの話題は軽視できない。今日、エネルギー価格の上昇に加え様々な製品と労働市場の供給をめぐる混乱で、経済成長率が低下しインフレ期待が高まっている。ところが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が我々に示したのは、困難な期間があっても永続しなければ、市場はそれを過去のものとして捉えることができるということだ。現在のところ、我々はエネルギー、製品、労働市場の諸問題を、新たな「スタグフレーション的」経済体制への移行というよりも一時的な現象とみている。
その理由として第1に、今日のサプライチェーンの障害とエネルギー問題の多くは、サービスよりも財への異例だが一過的な需要に起因するものだ。経済活動が再開し、消費者需要が財からサービスへと移行するにつれ、在庫補充が進み、配送上の混乱は収まり、コモディティ価格の急騰は落ち着くと考えている。第2に、現在の労働力の供給問題と、未熟練労働者とサービス業の賃金上昇圧力は、時間とともに緩和するだろう。第3に、父の「64セント」の瞬間は、産油国による原油の禁輸が引き金となったものだが、1980年までにガソリン価格を2倍にした多くの要因は、現在は認識されていない。価格統制、労働者の賃金交渉、敗北主義的な金融政策が、一時的なエネルギー危機をスタグフレーションの時代に転換する主な要因だった。
しかしながら、我々は不透明な時代に備えなければならない。現在は、労働市場の供給制約とサプライチェーンの混乱から、利益率の持続に対する投資家の自信が失われる恐れもあるが、7-9月期(第3四半期)の業績発表シーズンでは、関連データと企業の実態に注目して現状を見極めたい。北半球が寒候期に入り、厳冬がエネルギー市場に新たな圧力をかける可能性がある。高インフレ率が消費者と企業のインフレ期待を助長している兆候が見える中で、各国の中央銀行がインフレ率の上昇にしびれを切らせていないか注視していく。
投資家は何をすべきだろうか。現在の諸問題がなお構造的というよりも一時的に見えているため、株式市場は今後も上昇を続けるだろう。実際、インフレ期待がわずかに上昇しても、それがデフレ懸念の払拭に貢献するなら、市場にはプラスとなる可能性がある。さらに、世界経済の成長率は現在も強く、サプライチェーンの課題は2022年には次第に後退し、企業利益は伸び続けると、我々は予想する。また、地域、セクター、資産クラスで分散投資を行い、現在の相場変動にうまく対応することが重要だ。世界経済の成長に備えたポジションとして、金融、エネルギー、ユーロ圏、日本を推奨する。ディフェンシブ・セクターの中では、ヘルスケアを推奨する。さらに、インフレ率の上昇が続いて株式と債券の相関性が高まった場合には、ポートフォリオのボラティリティ(変動率)の低下を狙いヘッジファンドなどの代替商品でポートフォリオのもう一段の分散を進めることができる。米ドルも推奨に引き上げる。
あの「64セント」は、私の家族にとっての大きな転換点を示していた。父は仕事を失い、通常の生活に戻るまでには、先の見えない中で転居もせざるを得なかった。80代となった父は、世界で不公正だと思う様々な事柄について公然と意見を言うだけの情熱をいまだに持っている。父がガソリンスタンドで「64セント」の瞬間に再び遭遇したら、読者にまた報告しようと思う。ただし、今はフォルクスワーゲンの電気自動車に乗り換えているが。
*米国では1ガロン=約3.785ℓ、1マイル=約1.6km
最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。