日本経済
衆院選の結果、政治の不確実性が後退
10月31日に行われた衆議院総選挙で、与党・自民党が絶対安定多数を確保した。今回の選挙結果と、近く公表される見通しの大型経済対策が、来年の日本の株式市場を下支えすると考える。
2021.11.01
- 10月31日に投開票が行われた衆議院議員総選挙で、与党・自由民主党(自民党)は絶対安定多数を確保した。この結果、自民党は衆議院の常任委員会の委員長ポストを独占し、各委員会の過半数を確保できる。
- 今回の選挙結果と、近く公表される見通しの大型経済対策が、来年の日本の株式市場を下支えすると考える。
- 家計には過剰な現預金が積み上がっており、これらが今後消費に回される可能性が高い。追加経済対策が成立し、内需に牽引される形で、2021年第4四半期から2022年第1四半期にかけて国内総生産(GDP)成長率は底堅く推移すると予想する。
10月31日に投開票が行われた衆議院議員総選挙で、与党・自民党は261議席を獲得し(改選前は276議席)、定数465議席の絶対安定多数を確保した(図表1参照)。一部のメディアでは自民党の過半数割れも予測されたが、大方の予想に反して自民党が単独過半数を獲得した。
261議席を獲得した自民党は、衆議院の常任委員会の委員長ポストを独占し、各委員会の過半数を確保できる。連立先である公明党の32議席を合わせて連立与党は293議席となった(改選前は305議席)。
野党第一党の立憲民主党への支持は落ち込んだ。同党の獲得議席は96と、改選前から14議席を減らした。一方、リフレ的で、岸田政権よりもアベノミクスにより近い政策スタンスを取る日本維新の会は、改選前の11議席から30議席増やし、41議席を獲得した。
市場へのインプリケーション
岸田内閣は今後1~2週間のうちに経済対策の詳細を取りまとめる方針を示している。具体的な対策の中身が公表されれば、今回の選挙の経済政策に与える影響が、より明確になるだろう。
我々は、20兆~30兆円規模(GDP比3.5~5.5%)の大型経済対策が策定されると予想している。これには「Go Toトラベル」や「Go Toイート」のキャンペーン再開、家計への現金給付、グリーン化およびデジタル化への投資を促進する補助金制度などが盛り込まれる見通しである。これらの政策は、2021年第4四半期以降の経済成長と企業収益を下支えするだろう。
だが、自民党が今回15議席を失ったことで、2022年7月の参議院議員選挙を前に、政府や党内で懸念が高まる可能性もある。衆議院・参議院間でのねじれ状態を回避するために、与党は参議院でも過半数を確保する必要がある。我々は、岸田内閣が広範囲に及ぶ財政政策と緩和的な金融政策を維持することで、経済再生を引き続き優先すると考える。キャピタルゲインや富裕層所得への課税強化など、一部の増税は延期される可能性が高いと見ている。インフレ率が2%を大きく下回る状況が続く可能性が高いため、日本銀行は2022年も金融緩和策を継続する見通しである。
岸田氏が新首相に選出された10月4日以降の1週間で、海外投資家は、衆院選での自民党過半数割れを懸念して、日本株を1兆4,000億円(120億米ドル)売却した。しかし、自民党は予想以上の261議席を獲得し善戦したことから、岸田氏の政治的リーダーシップに関する海外投資家の懸念は一定程度緩和すると考える。また、日本の株式市場は、間もなく公表される見通しの経済対策によって押し上げられると考える。
7-9月期の企業業績は、サプライチェーン混乱を背景に好悪まちまちの内容となったが、岸田内閣の経済対策が企業収益の伸びをけん引し、来期のさらなる業績回復を後押しするものと期待される。また、半導体不足が徐々に緩和され、対米ドルでの円安が進んでいる状況からも、企業収益の回復が続くものと予想される。足元の東証株価指数(TOPIX)の株価収益率(PER)は14.5倍と、10年平均の15倍を下回っている。我々は、今回の選挙結果と今後実施される経済対策が来年の日本の株式市場を下支えすると考える。
焦点は経済活動再開に
政権運営の安定化が見込まれる中、経済活動の再開を追い風に、消費は2021年第4四半期以降、底堅く回復する可能性が高い。10月1日の緊急事態宣言解除後、政府は10月25日からの営業時間短縮要請解除など、一部規制の緩和に踏み切った。日本のワクチン2回目接種率は人口比71%に達し、11月末には80%に到達する見通しである。人々の移動状況を示すグーグルの指標は、今年8月には新型コロナ危機前より25%低い水準まで落ち込んだが、現在は15%程度下回る水準にまで回復している。日本のサービス業購買担当者景気指数(PMI)は10月に50.7と、パンデミックが始まって以降初めて、節目となる50を上回るまでに回復した(9月は47.8)。
家計で積み上がった過剰貯蓄(現預金)は約41兆円(GDP比7.3%)と我々は試算しており、これらは2021年第4四半期以降消費に回される可能性が高い。新たな経済対策の効果は12月頃から顕在化し始めると見込まれる。GDPの前四半期比成長率は、2021年第3四半期はマイナス0.1%となるも、その後は強い内需に牽引されて2021年第4四半期は1.3%、2022年第1四半期は1.2%と、底堅く推移すると予想する。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト
青木 大樹
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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。