日本経済
3つの逆風が解消されれば経済は回復へ
4度目の緊急事態宣言、サプライチェーンの混乱、菅政権の低い支持率といった逆風が、2021年第3四半期の経済成長と市場センチメントの重しとなる可能性がある。
2021.08.26
- 4度目の緊急事態宣言に伴う再度の活動制限、東南アジア諸国におけるサプライチェーンの混乱、菅総理大臣の支持をめぐる不透明感が、2021年7-9月期(第3四半期)の経済成長と市場センチメントの重しとなる可能性がある。
- だが、おそらく11月までには2回目のワクチン接種率が7割前後に達するとみられることから、その後第4四半期以降は底堅い経済回復が続くと予想する。自動車セクターのサプライチェーンの混乱は徐々に緩和に向かうだろう。政策については、自民党総裁選と衆議院選挙を経て、数カ月のうちに方向性が明らかになるとみている。
- 日本株式市場について、2021年度と2022年度の利益成長見通しをそれぞれ42%と8%に上方修正した。企業利益は来年回復に向かうと確信している。
日本の年間国内総生産(GDP)成長率は、第1四半期はマイナス3.7%に落ち込んだものの、底堅い消費と設備投資を受けて、第2四半期は前期比1.3%増と予想を上回る伸びとなった。だが、足元では3つの逆風が経済成長率と市場や企業のセンチメントの重しとなっている。このように短期的な悪材料はあるものの、我々は年後半の日本の経済成長と株式市場には強気の見方を維持する。
4度目の緊急事態宣言の延長と地域拡大
1つ目は新型コロナウイルス関連の逆風だ。1日の新規感染者数は20,000人を超え今もなお増加傾向にあり、そのうち8~9割がデルタ株の感染である。一方で、死亡率は依然として比較的抑制されている。日本政府は7月30日、主要都市に対して4度目の緊急事態宣言を発令した。8月25日には、対象地域をGDPの70~80%を占める21都道府県に拡大すると同時に、期限を9月12日まで延長した。その結果、8月のサービス業購買担当者景気指数(PMI)は、7月の47.4から43.5に急落し、2020年5月以来の低水準となった。
9月1週目からは新学期が始まる。新規感染者数は1~2週間のうちにピークを打つかもしれないが、子供たちの間で感染が拡大すれば、緊急事態宣言が9月12日以降も延長される可能性がある。過去の緊急事態宣言発令時ほど人流は大きく減少していないが、こうした制限は第3四半期の個人消費を冷やすと考える(図表1参照)。
第4四半期の消費回復の鍵を握るのはワクチン接種の加速だろう。現在人口の4割が2回目の接種を済ませており、11月までにはある程度の集団免疫が獲得できるとされる7割程度に達することが予想される(図表2参照)。したがって我々は、再び大規模な緊急事態宣言が発令されるとは考えていない。
日本の自動車セクターで再びサプライチェーンが混乱
2つ目の逆風は、一部の東南アジア諸国でサプライチェーンに混乱が生じており、生産への影響が続いていることだ。これが短期的に日本の輸出とGDPの重石となる可能性がある。日本最大の自動車メーカーは、新型コロナの影響が深刻な一部の東南アジア諸国、特にマレーシアとベトナムでの自動車部品不足を受けて、9月の世界生産台数を4割減らすと発表した。他の国内自動車メーカーも同様の影響を受けている可能性がある。自動車は日本の製造品出荷総額の約2割を占めるため、減産により第3四半期のGDP成長率を0.2~0.5ポイント近く大幅に押し下げる可能性がある(図表3参照)。
菅総理をめぐる政局の不透明感
だが、コロナの影響を受けた国でも、ワクチン接種が進むにつれて自動車部品の生産が徐々に再開されると予想する。また、日本の自動車メーカーはある程度部品製造を他の国へ切り替えることができる。世界の自動車需要は依然として底堅く、第4四半期以降は輸出と生産が本格的に回復することが期待できる。前出の自動車メーカーも、9月は生産台数を4割減らすものの、その後は生産ペースの回復を見込んでおり、2022年3月期の生産計画を据え置いた。
3つ目の逆風は、菅総理大臣をめぐる政局の不透明感に関するもので、市場や企業のセンチメントを冷やしかねない。与党の自由民主党は、国会議員と党員・党友による投票で9月29日に党総裁選を行うことを決めた。菅総理の支持率は党内でも低下しているが、自民党の派閥幹部は菅首相を支持する方針であり、菅氏が総裁選挙で勝利し総理大臣を続投すると考えている。
自民党総裁選後には衆議院議員選挙が控えている。菅総理が9月29日の自民党総裁選直後に衆議院を即時解散すれば、最短で10月17日に選挙が行われる。仮に現在の衆議院議員の任期満了となる10月21日まで解散を見送ると、衆議院議員選挙を最長11月28日まで延ばすことができる。解散のタイミングは、新型コロナの感染状況次第だろう。菅総理の支持率は30%を割り込んでいるものの、自民党と公明党に対する世論の支持は過半数を維持するのに十分である。この点、自民党が大敗を喫した2009年とは状況が大きく異なる(図表4参照)。
とはいえ、2つのリスクシナリオが考えられる。菅氏が9月29日の自民党総裁選で敗北すること、そして、衆議院議員選挙で与党が過半数議席を失うことだ。菅氏の敗北という1つ目のリスクシナリオは、市場では短期的な悪材料にとどまるか、仮に市場が追加経済刺激策を期待するならば好感されることもあるだろう。総裁選の出馬候補はまだ確定していないが、主な候補者の政策視点は、少なくとも現在の経済情勢では菅氏にかなり近い(図表6参照)。菅総理が退陣したとしても、政府は少なくとも今後数年間は財政拡大と金融緩和を継続するとみられる。
2つ目のリスクシナリオについては、自民党が議席の過半数を失えば政情不安につながりかねず、市場は失望する可能性がある。しかし、そのような状況で新しい総理大臣が誕生しても、経済政策が大きく変わる公算は小さいため、市場の嫌気も長くは続かないと考える。また、新たに経済刺激策が繰り出される可能性もある。日銀の黒田総裁の任期は2023年4月まであり、政策の方向性が少なくとも今後数年は変わらないと確認できれば、市場の注目は消費と生産の回復ペースへと移るだろう。繰り返しになるが、自民党の支持率は十分に高く、野党の支持率はまだ極めて低い。そのため与党が過半数を失うリスクは低いとみている。
市場への示唆
以上をまとめると、4度目の緊急事態宣言の対象地域拡大や延長に伴う制限、一部の東南アジア諸国における追加的なサプライチェーンの混乱、菅総理大臣の支持をめぐる不透明感は第3四半期の経済成長および市場や企業のセンチメントに重石となるだろう。だが、恐らく11月までに2回目のワクチン接種率が国民全体の7割に到達した後、第4四半期は底堅い回復が見込めるとの考えを崩していない。自動車業界のサプライチェーンの混乱は、これ以上は悪化せず、緩やかに改善するだろう。政策については、自民党総裁選と衆院選を経て数カ月以内に方向性が明らかになると期待している。
日本株式については、ワクチン接種率が上昇する中、経済活動の再開が一部セクターの企業利益の増大につながるとみられる。今秋までに決定が期待される新たな経済刺激策も、個人消費を押し上げ、特にデジタル化や環境対策分野の設備投資を促進する公算が大きい。我々は最近、2021年度と2022年度の利益成長見通しをそれぞれ42%(従来予想は40%)と8% (従来予想は7%)に引き上げ、企業利益は来年まで底堅く回復すると確信している。
過去を振り返ってみると、衆議院議員選挙は重要な転換点になっており、株式市場は概ね自民党勝利を好感してきた。例外は、自民党が第一党から転落し、当時の民主党中心の政権が誕生した2009年の衆議院議員選挙である(図表5参照)。菅内閣の支持率は相対的に低いが、自民党は引き続き第一党の座を守り政権を維持すると考える。海外投資家の売り圧力を受けた最近の日本株式の低迷を踏まえると、次の衆議院議員選挙(加えて、願わくは新型コロナウイルスの新規感染者数の減少)が、日本株式市場の好材料になるとみている。日経平均株価の株価収益率(PER)は17.5倍と、過去10年平均を下回っている。
株式以外の市場については、首相が交代したとしても低インフレ基調が続くことから、日銀は日本10年国債利回りを0%近辺に維持すると考える。長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の下では、大型の財政刺激策のために国債を多少増発しても、国債利回りに大きな影響を与えることはないだろう。
円については、世界的なリスク・オン基調の中、長引く超低金利により、魅力的な調達通貨であり続けるだろう。いずれにせよ日銀は、引き続き先進国市場で最もハト派的な中央銀行の1つとなるだろう。ドル円レートについては2022年9月末時点で1ドル116円を予想する。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト
青木 大樹
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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。