Monthly Letter 9月号
大気圏外からの帰還
宇宙飛行において離陸後に不確実性から最もリスクが高まるのが大気圏への再突入だ。今後数カ月間は、成長率とインフレ率を「大気圏外」からどう帰還させるかの熱い議論が展開されるだろう。
2021.08.19
この数カ月で宇宙飛行を実現したのは、ヴァージン・ギャラクティックの創業者リチャード・ブランソン氏とアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏だけではない。米国経済は2020年に景気後退とディスインフレーションに見舞われたものの、莫大な景気刺激策と経済活動の再開のおかげで2021年4-6月期(第2四半期)の国内総生産(GDP)の実質成長率は前年同期比で+12%に達した。この期間のインフレ率はおよそ4.5%なので、名目レベルで17%成長と「大気圏外」にいるような復活を遂げたことになる。ユーロ圏では、第2四半期の実質経済成長率は前年同期比+13.2%で、過去3カ月のインフレ率はおよそ2%だ。データを見ると、経済成長率はまだ数カ月は大気圏外にとどまりそうだ。米国GDPの名目成長率は2022年第1四半期まで2桁を維持するものの、米連邦準備理事会(FRB)をはじめ各国中央銀行は利上げを急ぐ必要がないとの方針を維持するだろう。
戦術的(6カ月程度)には、投資家は現在のような力強い名目成長率と金融緩和政策で実現している「ゼロ・グラビティ」(無重力)状態を今後も利用し続けるのが得策と考える。企業利益と株式市場には上昇余地がさらにあるとみている。とりわけ日本株や世界的にはエネルギー、金融、素材セクターなど、世界の経済成長の恩恵を最も受けそうな市場とセクターが有望だ。
だが、宇宙飛行において離陸後に不確実性から最もリスクが高まるのが大気圏への再突入だ。したがって、今後数カ月間は、成長率とインフレ率を「大気圏外」からどう帰還させるかについての熱い議論が展開されるだろう。
これからは、インフレ率が2%を超える度に(今後数カ月では何度も超えると我々は予想している)、インフレ率が野放しに上昇しないよう、FRBをはじめとする中央銀行に対して金融緩和策を抑えるようにと要望する声が強まるだろう。同時に、インフレリスクの抑制に注力すると経済と市場が「ハード・ランディング」に陥ることをFRBはよくわかっている。しかし、経済も市場も「スムーズ・ランディング(滑らかな着陸)」に向かっているとの我々の見方は変わっていない。FRBが忍耐強く待っているうちに、経済成長率が高水準を維持しながらインフレ率は2022年末までに低下するとみているからだ。我々はリスクオンのスタンスを維持しつつも、新興国株式と米ハイイールド債はニュートラルに引き下げる。
先を読む宇宙飛行士は、離陸後に着陸地点がどう変わっているのか考慮して動くだろう。投資家も同じである。債券市場は、成長率とインフレ率が新型コロナ危機前よりも一段と低い世界、つまり利回り追求・成長株投資を長期的に支える投資環境に向かうことを示唆している。だが同時に、デジタル経済のさらなる浸透、労働市場の柔軟性の高まり、中央銀行による新たな政策対応機能、そして財政政策の在り方に対する新たな常識を踏まえると、以前よりも高成長で高インフレ率の世界、つまり景気敏感株とバリュー株を支えるような投資環境へと戻る可能性もある。このテーマについてレター5月号「ストーリーの変化」で論じている。
現在はどのように投資すべきか?
まず、投資家は、GDPが2桁の名目成長率を維持している期間を利用して、戦術的には経済再開とリフレーションの恩恵を受ける銘柄に投資するとよいだろう。これらの銘柄は我々の基本シナリオにおいて、インフレ率が予想外に上昇した場合にも底堅く推移すると予想される。日本株式、金融、エネルギー、素材セクター、さらに米国とアジアの経済再開関連の銘柄を推奨する。
次に、地域や資産クラス全体に分散投資をして、大気圏に再突入する際のボラティリティ(変動率)拡大に備える。とりわけヘッジファンドへの投資は、相場の方向性に賭けるリスクを減らしつつ投資を継続できる資産クラスである。グローバル・ヘルスケアは推奨セクターの1つで、ディフェンシブ株とグロース株双方の特徴を持っている。
最後に、経済再開とリフレーションへの戦術的(6カ月程度)な投資と、グロース、利回り、持続可能性といったテーマ全般への戦略的(長期的)な投資を組み合わせることは、債券市場が示す長期的な低成長と低インフレ率の世界に着陸する場合に特に有益な戦略であることが証明されるだろう。特にグリーンテック、デジタル・サブスクリプション、スマート・モビリティを有望とみている。
最高投資責任者
UBS Global Wealth Management
Mark Haefele
さらに詳しく
プリンストン大学で学士号、ハーバード大学で修士号と博士号を取得。フルブライト奨学生として、オーストラリア国立大学で修士号を取得。ソニック・キャピタルの共同創立者および共同ファンドマネジャー、マトリックス・キャピタル・マネジメントのマネージング・ディレクターを務め、チーフ・インベストメント・オフィスが設立された2011年に、インベストメント・ヘッドとしてUBSに入社。
ハーバード大学にて講師および学部長代理を歴任。市場動向ならびにポートフォリオ管理に関するハフェルの見解は、CNBC、Bloombergをはじめグローバルなメディアで定期的に取り上げられている。