House View Weekly
FRB、物価上昇でも引き締め急がず
米国のインフレ率は十数年ぶりの高水準が続いている。だが、総合指数の内容を見てみると、一時的要因が背景にあることが示唆される。
2021.08.16
今週の要点
米国のインフラ法案が進展
米国上院議会は今月10日、超党派議員グループによる2カ月間に亘る交渉を経て、約1兆米ドルにのぼるインフラ法案を可決した。下院での審議開始時期はまだ不明だが、引き続き超党派議員からは強力な支持が得られるとみられる。法案は今後5年間で新規に5,500億米ドルを支出する内容となっている。バイデン大統領が当初提案した2.6兆米ドルからは大きく縮小されたが、共和党が当初提出した対案の2倍の規模だ。インフラ法案の柱として、道路、橋梁、鉄道、港湾、空港向けに2,180億米ドル、送電網、クリーンエネルギー、電気自動車(EV)充電設備などに880億米ドル、高速通信網の整備に650億米ドルが充てられる。上院は翌11日に、気候変動、教育、ヘルスケア、子育て等に重点を置いた3.5兆米ドルの予算決議案も可決した。もっとも、状況は依然流動的であり、審議は難航が予想されることから、市場では短期的にボラティリティ(価格の変動)が高まる恐れがある。
要点:米国のインフラ法案が下院でも可決されれば、インフラと環境問題に重点を置いた財政計画が複数年にわたり実施され、グリーンテック、フィンテック、ヘルステック、スマートモビリティ、デジタルサブスクリプション、安全およびセキュリティ、地球の未来など、我々が投資テーマとして掲げる構造的成長とサステナビリティの追い風となるだろう。
米国のインフレに伸び鈍化の兆し
7月の米国の消費者物価指数(CPI)は前年同月比5.4%と13年ぶりの高水準となった。価格変動が大きい食品とエネルギー価格を除いたコアCPIは、6月に記録した前年同月比4.5%を若干下回ったものの、4.3%の高い水準を維持した。しかし、パンデミックに起因した主なインフレ要因は後退しつつある。例えば中古車価格は、先月の前月比10.5%上昇に対し、7月は0.2%の上昇に留まった。航空運賃は前月比0.1%低下した。昨年のパンデミック下での低い水準と比較したベース効果によるインフレの押し上げ効果も数カ月以内に剥落する見通しである。さらに、大半の財の価格上昇も抑えられている。CPI中央値は2.3%の上昇となったとはいえ、年初の2.1%からわずかな加速に留まっており、金融当局を警戒させるほどの水準ではない。今後予想される原油価格の上昇鈍化も、インフレ率上昇の勢いを抑制するだろう。
要点:足元のデータは、物価上昇圧力は今後弱まるとみられるため早期の金融引き締めは妥当ではないとするFRBの認識を裏付ける内容となっている。パンデミック対応の金融支援の縮小については、段階的に実施する方針をFRB高官は示している。利回りの追求は引き続き困難な状況だが、株式、特に景気敏感銘柄は下支えされるだろう。
国連による気候変動への警鐘が投資機会を促進
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)会合が7月下旬から8月上旬にかけて開催された。先週発表された同会合の最新の評価報告書では、地球温暖化を食い止めるため、早急に二酸化炭素の排出を削減する必要性があることが指摘されている。60カ国以上の234人の科学者が署名した同報告書の論調は厳しく、深刻な結果を招く可能性が示唆されている。しかし、各国の脱炭素化に向けた政策導入は、グリーンテック、食料生産、スマートモビリティなどの分野で様々な投資機会をもたらしている。再生可能エネルギーエネルギー、運輸、蓄電池、デジタル化、エネルギー効率などには特に大きな成長機会が見込まれる。世界は不安定な条件下で、狭い土地から、より栄養価の高い食料を生産する必要があることから、我々の投資テーマのひとつである食料革命は、今後10年にわたり、世界のGDPを上回るペースで成長すると予想する。また、規制強化、消費者の意識・価値観の変化、技術の発展により、車の電動化や自動運転、新たなカーシェアリングの形も普及が進むだろう。
要点:IPCCの報告書は気候変動問題の大きさを強調する内容であった。投資家は、こうした課題の解決に寄与する様々なサステナブル投資戦略や資産クラスをポートフォリオに組み入れることが可能である。
FRB、物価上昇でも引き締め急がず
米国のインフレ率は十数年ぶりの高水準が続いている。だが、総合指数の内容を見てみると、一時的要因が背景にあることが示唆される。FRB(米連邦準備理事会)高官も先週、物価急騰でFRBが性急な金融引き締めを迫られることはないとの認識を示した。
7月の米国の消費者物価指数(CPI)は6月と同水準の前年同月比5.4%上昇し、前月に引き続き13年ぶりの高水準となった。変動が大きいエネルギーと食品を除いたコア指数も前年同月比4.3%上昇となり、6月の4.5%から若干の低下に留まった。
しかし、詳細を見てみると伸び率には鈍化の兆しが見られ、今後数カ月以内にインフレは低下するとの見方を支える内容となっている。
- 新型コロナウイルスに起因するインフレ要因は後退し始めた。 これまでCPIを大きく押し上げてきた要因の1つは中古車価格の高騰だ。新型コロナ禍で公共交通機関を避ける人が増えたほか、新型コロナの影響によるサプライチェーンの混乱により新車供給が限られている状況も需給を逼迫させてきた。だが、7月の中古車価格は前年同月比で41.7%上昇したものの、前月比の上昇率は10.5%から0.2%に減速している。インフレのもう1つの主因である航空運賃も前月比では0.1%低下した。パンデミックの影響で支出パターンが変化したため指標の解釈は難しいものの、物価の異常な上昇は鈍化の兆候が見え始めている。前年の低インフレによるベース効果も剥落し始めるだろう。
- 大半の財の価格上昇は抑えられている。 一部の財とサービスの価格高騰によってインフレ率が歪められたものの、CPI中央値(前年同月比)は2.3%上昇と、年初の2.1%からわずかな加速に留まっている。変動の大きい項目を除いたトリム平均PCE(個人消費支出)価格指数は先月の2.9%から3%に上昇したが、金融当局を警戒させるほどではないと我々は考えている。さらに、住宅価格も約30年ぶりのペースで上昇しているとはいえ、インフレ率に与える影響は間接的である。CPIにおける住居費の計測に使用される家賃は上昇が抑えられている。
- エネルギー価格の上昇もピークを過ぎた模様。 ブレント原油価格は過去12カ月で約53%上昇し、足元1バレル=69.6米ドル付近で推移している。原油価格はここ数週間の調整から再び上昇基調に転じると予想されるが、ブレント原油価格は年末から来年にかけて75米ドル前後で落ち着くとみられる。原油価格の上昇が鈍化すれば、総合物価指数の押し上げ要因の1つは取り除かれる。
したがって、物価指数の内容は、インフレ上昇圧力はいずれ後退し始めるため、金融緩和策の早期巻き戻しは適切ではないとするFRBの認識と整合する。先週のFRB高官の発言などからも金融引き締めを急いでいないとの見方が改めて示された。
- アトランタ連銀のボスティック総裁の発言は、平均インフレ目標政策を採用したFRBのインフレ対応の変化を指摘している。 ボスティック氏は「米連邦公開市場委員会は、『過熱ぎみの』労働市場が最終的にインフレにつながるとの懸念から予防的な利上げを実施することはない」と述べた。
- 平均インフレ目標を米国のインフレ統計に当てはめると、FRBが早急に動く必要はないことが示される。 直近の物価高騰の前までは、コアPCE指数は世界金融危機以降おおむね2%を下回っている。FRBは「中期の」インフレを考慮すると発言しているが、過去のインフレ実績を観察する期間については明らかにしていない。1年移動平均(1年間の観察期間)を使うと、コアPCEインフレは2%程度であり、2年、3年、5年の移動平均ではそれぞれ2%を大幅に下回っている。
- FRBは2013年のテーパー・タントラムから学んだ。 過去のテーパー・タントラム(米国の量的緩和縮小観測を受けた市場の混乱)の経験から、FRB高官は金融緩和の引き締めについて十分なガイダンスを段階的に発信し、10年国債利回りの急上昇につながりかねないミス・コミュニケーションのリスクを抑えている。サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は、FRBはパンデミック対応の超緩和的な金融政策の「巻き戻し」をあくまで段階的に開始する方針であることを改めて示した。堅調な経済成長や企業業績の回復に加え、金融緩和の継続が株式の上振れ余地を下支えしている。特に景気敏感・バリューセクターは恩恵を受けるとみられ、投資家には経済再開と景気回復を捉えるポジションを推奨する。