日本経済
日銀:気候変動問題の解決に向け前進する
日銀は脱炭素融資を優遇する新たな貸出制度を発表し、外貨準備高で外貨建てグリーンボンドを購入する意向も示した。今後数年は炭素化に伴う企業融資の活発化が予想される。
2021.07.16
- 大方の予想通り、日銀は脱炭素融資を優遇する新たな貸出制度の骨子案を発表した。同時に、外貨準備高を活用して外貨建てグリーンボンドを購入する意向も示唆した。こうした後押しを受けて、今後数年にわたり脱炭素化に伴う企業融資が活発化すると予想する。
- 東京オリンピックが終了すると、市場の注目は経済活動の再開と10月上旬に行われる衆議院議員総選挙に移るだろう。ワクチン接種率のさらなる加速、新たな景気刺激策、選挙後の菅首相の続投が、年末に向けて経済正常化を促進するものとみられる。
- 我々は日本株式に対して強気の見方を継続する。世界経済が回復する中で日本国債利回りは低位で推移し、日銀の緩和的な政策下、日本円は引き続き魅力的な調達通貨として更に下落するだろう。
日銀は7月16日の金融政策決定会合で、気候変動問題に対応する新たな融資制度の運用方法の詳細を一部開示した。公表した骨子案によると、1)グリーンローン/ボンド(環境に配慮した事業に対する融資および債券)、2)サステナビリティ・リンク・ローン/ボンド(金利などの借入条件を、事前に設定したサステナビリティ目標の達成度と連動させる融資および債券)、3)トランジション・ファイナンス(脱炭素に移行する企業に対する資金的支援)に対する銀行の投融資に、日銀が担保付バックファイナンスを行う。貸出金利は0%であり、この新制度を利用する銀行は、日銀の当座預金にかかる金利が0%となる部分が増え、マイナス金利の影響を軽減できる。数カ月以内に貸出規模などの詳細を決定する。日銀はこの制度を2021年中に開始し、原則として2031年3月まで実施する。
その他主要な金融政策については、以下の通り現状維持とした。
- 長短金利操作(イールドカーブ・コントロール):短期政策金利をマイナス0.1%に、10年国債利回りの目標を0%近辺とする。
- 上場投資信託(ETF)/不動産投資信託(J-REIT)の買入額については、年間の増加額をそれぞれ12兆円と1,800億円を上限とする。
- コマーシャルペーパー(CP)/社債の買入額については、2022年3月末までの間約20兆円の残高を上限とする。
- フォワードガイダンス:2%の物価安定目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、イールドカーブ・コントロール付き量的・質的金融緩和(QQE)を継続する。
日銀の金融政策と消費者物価指数に対する我々の見解
日銀は新たな経済・物価情勢の展望で、2022年3月末(2021年度)の国内総生産(GDP)成長率予想を下方修正したが、2023年3月末(2022年度)については見通しを引き上げた。また、主にエネルギー価格の上昇を受けて、2021年度と2022年度の消費者物価指数(CPI)の見通しを引き上げた。だが日銀のCPI見通しは2023年度でさえも依然として年率+1.0%であり、2024年3月末(2023年度)までの2%の物価目標達成は難しいことを意味する(図表1参照)。黒田日銀総裁は会合後の記者会見で、CPI見通しにはいくぶん下振れリスクがあると述べた。我々は、日銀が短期金利を引き上げるのは早くても2024年以降だと考えているが、世界の経済や金利情勢に応じて、10年国債利回りの上昇を容認することで、日銀がイールドカーブ・コントロールを調整する可能性はある。
日本の企業物価指数は、エネルギーやその他コモディティ価格の上昇を受けてそのスピードがやや加速しており、6月は前年同月比5.0%(5月は4.9%)と2008年9月以来の高い伸び率を示した。とはいえ、日本のインフレ率は、米国など諸外国とは対照的に引き続き低位で推移するとみられる。企業は最近のコモディティ価格の上昇圧力は一時的であるとして賃上げや価格転嫁に慎重な姿勢を崩しておらず、新型コロナの感染拡大による打撃にもかかわらず雇用維持に努めている。5月の失業率は3.0%と、2019年平均の2.4%からやや上昇した程度である。5月の生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)は+0.1%であり、我々はこの数字が年末までに年率+0.4%、2022年末に年率+0.7%に上昇すると予想している(2021年度平均は+0.3%、2022年度平均は+0.6%)。
日銀の新たな貸出制度は、グリーンローンやグリーンボンドの投融資拡大を銀行に促すもので、企業によるグリーンおよびサステナブル投資を推進するだろう。秋に決定されるとみられる新たな経済刺激策と2022年度の税制改革もまた、グリーン投資を下支えする公算が大きい。日本経済新聞が6月に行った調査では、2021年度の大企業の設備投資全体の伸びは、対前年度比で+10.8%(前年は-9.7%)であるのに対して、グリーン関連の設備投資の伸びは前年度比35.9%となっている(図表2参照)。
日銀は外貨建てグリーンボンドを購入するか?
16日に発表された新たな貸出制度とは別となるが、日銀が日本の外貨準備を使って、気候変動問題への取り組みを目的とした外債購入等の新たな制度を検討していると一部メディアが事前に報じていた。日本の外貨準備高は151兆円(1兆3,800億米ドル)で、そのうち日銀の保有残高は7兆7,000億円と日銀の保有資産全体の1.1%を占める。この日の会合では、「気候変動に関する日本銀行の取り組み方針について」の中で、政府およびその他海外機関が発行する外貨建てグリーンボンドの購入意欲を表明している。これに先立ち、日銀は7月12日、東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)において、東南アジア諸国中銀と共に、アジア・ボンド・ファンド(ABF)を通じてグリーンボンド投資を促進する計画を発表した(図表3参照)。ABFは2005年に東アジア・オセアニア地域の現地通貨建て債券市場の発展を支援するために設立された。日銀がEMEAPで合意したものと同様の外貨建てグリーンボンド購入に係る新たな制度を公表するかどうかは定かではない。購入に当たっての具体的な適格要件や手法については今後議論されるだろう。我々は、脱炭素活動支援に日銀と政府がどのように外貨準備を活用していくのか注視していく。
7月23日から東京オリンピックが始まるが、有観客での開催はいくつかの県に限定され、観客数もごく限られている。ほぼ無観客でのオリンピック開催が経済活動に与える直接的な影響は、国内総生産(GDP)の約0.2%と限定的となろう。だが、オリンピックを無事に開催することは、衆議院および自民党総裁選挙が近づく中での菅総理大臣の支持率への影響と、オリンピック後の消費センチメントにとって重要となるだろう。新型コロナの新規感染者数が増加しており、特に東京では7月15日に新規感染者数が1,300人を超え、1月21日以来最大となった。感染急拡大の背景には感染力の強いデルタ株の広がりがあり、東京の新規感染者数の約30%を占める。今のところ重症者数は落ち着いている。ワクチン接種を少なくとも1回受けた人の割合は32%に達しており、最近のワクチン供給不足下でも、この数字は9月末までに50%を超えると予想される。我々は、9月5日にオリンピック・パラリンピックが終了し、ワクチン接種率が50%に近づくにつれて、経済活動の再開が加速すると予測している。
衆議院総選挙と新たな経済刺激策
オリンピックが終わると、市場の注目は10月上旬の衆議院選挙に移るだろう。新型コロナウイルスの感染再拡大と、東京に4度目の緊急事態宣言を発令した中でのオリンピック開催という菅首相の判断を受けて、内閣支持率は7月には30%近辺まで急落し、組閣後の最低まで低下した(図表4参照)。次期衆議院議員選挙で、仮に自民党と公明党の連立与党が過半数議席を維持できなければ(現在は465議席中306議席)、菅首相は辞任に追い込まれる可能性がある。とはいえ、自民党と公明党の支持率は過半数を維持するには十分であり、こうしたリスクシナリオは考えにくい。新型コロナの感染率が低下し、ワクチン接種がさらに加速することも、支持率を下支えするものと我々は考えている。
4-6月(第2四半期)のGDP成長率がマイナスとなる可能性が高まった今(2四半期連続でマイナス)、菅内閣は新たな経済刺激策を検討するものとみられる。政府予想では、2021年3月時点の日本のGDPギャップは約25兆円で、成長率は第2四半期も低下する公算が大きい。そのため経済刺激策は規模がおよそ30兆円(GDPの5.4%)で、経済復興の加速と、脱炭素化とデジタル化に関連した設備投資支援に軸足を置いたものになるだろう。経済政策では、生産力とサプライチェーンの持続性を強化する産業政策の重要性がますます高まっている。
市場への示唆
日本株式は、今回の日銀の新たな貸出制度をある程度好感し、日経平均株価は発表後28,000円の水準に回復した。我々は日本株式と日本国債に対する強気の見方と、米ドル高・円安の見通しを維持する。
- 日本株式については、オリンピック後の経済活動の再開が、景気循環セクターの利益を押し上げるだろう。また消費浮揚と、脱炭素化およびデジタル化に対する設備投資促進に向けた政府支出も、サービスセクターには追い風になるとみられる。グリーン投資に対する日銀の新たな貸出制度もまた、関連投資を刺激するだろう。日本の製造業には円安は支援要因となろう。
- 低インフレが続くため、日本国債利回りは、日銀の10年国債利回り目標である0%近辺で底堅く推移するだろう。巨額の財政刺激策に伴い新規国債発行額が増加しても、日銀のイールドカーブ・コントロール政策の下では、国債利回りにさして大きな影響は及ばないものと考えている。
- リスクオンのセンチメントが世界中に広がる中でも長引く日本の低金利により、日本円は今後も魅力的な調達通貨であり続けるだろう。日銀は引き続き、先進国で最もハト派的な中央銀行の1つとみられる。ドル円については、年末までに1ドル=113円、2022年9月までに116円を予想する。
UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社
チーフ・インベストメント・オフィス 日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト
青木 大樹
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2016年11月にUBS証券株式会社ウェルス・マネジメント本部チーフ・インベストメント・オフィス日本地域CIOに就任(UBS SuMi TRUSTウェルス・マネジメント株式会社の営業開始に伴い2021年8月に同社に移籍)。以来、日本に関する投資調査(マクロ経済、為替、債券等)及びハウスビューの顧客コミュニケーションを担当。2010年8月、エコノミストとしてUBS証券会社に入社後、経済調査、外国為替を担当。インベストメント・バンクでは、日本経済担当エコノミストとして、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査で外資系1位(2016年、2年連続)に選出。
また、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」やBSテレ東「日経モーニングプラス」など、各メディアにコメンテーターとして出演。著書に「アベノミクスの真価」(共著、中央経済社、2018年)など。UBS入社以前は、内閣府にて政策企画・経済調査に携わり、2006-2007年の第一次安倍政権時には、政権の中核にて「骨太の方針」の策定を担当。2005年、ブラウン大学大学院 (米国ロードアイランド) にて経済学博士課程単位取得(ABD)。