通貨市場

米ドル高には限界がある

トランプ前大統領の再選で、米ドルは今後しばらく割高な領域にとどまる可能性が高いため、我々は為替の見通しを変更した。ただし、米ドルの上昇幅には限界があり、米国金利の低下に伴い下落するとの予想を維持する。

  • トランプ前大統領の再選で、米ドルは今後しばらく割高な領域にとどまる可能性が高いため、我々は為替の見通しを変更した。
  • ただし、米ドルの上昇幅には限界があり、米国金利の低下に伴い下落するとの予想を維持する。

何が起きたか?

この数週間で多くのことが起きた。10月を通して市場の関心を集め続けた米国の選挙は、トランプ前大統領が返り咲き、議会は上下両院で共和党が過半数を獲得することを確実にした。トランプ氏勝利への期待から、米ドルは選挙前の時点で、9月に付けた底から既に4~5%上昇していた。

こうした動きにより、選挙結果が出た直後は、ユーロ/米ドルの急激な反応は抑えられた。しかしその後は徐々に下落している。また、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が方針を変えずに利下げを実施したにもかかわらず、閣僚人事が決まり始める中で米国の金利上昇は続いている。

「レッド・スウィープ」は米ドルにどう影響するのか?

米国の政権交代は、今後数カ月間の米ドルの見通しにどう影響するのだろうか。大統領選でトランプ氏が勝利し、共和党が上下両院の多数派を占める「レッド・スウィープ」が実現することで、米ドルには明らかにプラスだ。第1に、減税が実施されれば、企業の景況感が上向くとともに、米国の景気が下支えされ、海外投資家から見た米国株式の魅力度が増し、米ドル需要が高まる可能性がある。第2に、関税が引き上げられれば、世界の貿易と経済成長の両方に悪影響を及ぼすと予想され、米国のインフレ率を押し上げる可能性が極めて高い。市場は第2次トランプ政権が第1次政権に非常に近いものになると想定していることから、FRBが2025年に100ベーシスポイント(bp)近い利下げを実施するという予想は後退し、米ドルが過去6週間で6%上昇する要因となった。つまり、市場がこれまでに、いわゆる「トランプ・トレード」をある程度織り込んでいることは間違いないだろう。

1次トランプ政権とは出発点が異なる

しかし、第2次トランプ政権が第1次政権と同じだと予想するのはリスクを伴う。米国内の状況が、第1次政権が発足した2017年当時と大きく異なるからだ。FRBは現在利下げを行っているが、2017年は利上げを実施していた。債務水準はパンデミックを経て約2倍に膨らんでおり、経済は減速している。しかも、他の国・地域は、米国例外主義に向き合う準備が以前よりも整っている。トランプ氏が提案する政策は双子の赤字(経常赤字と財政赤字)の拡大につながり、米ドルの長期的な魅力度を低下させると予想される。我々は、米ドルに既に織り込まれている上昇要因は1つの側面を表しているにすぎないと考えており、トランプ氏の政策に必要な財源がどのように確保されるかという点もいずれ注目されることになるだろう。ここ最近の債券利回りの上昇には、トランプ氏の政策の持続可能性をめぐる市場での先行き不透明感が反映されている。さらに上昇すれば、住宅ローンや債務返済を通じて景気への大きな足かせとなり、今後の経済成長に打撃を与えるだろう。加えて、トランプ氏は金利の上昇にも米ドル高にも否定的なため、考え方にやや矛盾がある。

なぜ我々は米ドル下落を予想してきたのか?

我々は最近の情勢の大きな変化を踏まえ、米ドルの下落見通しの妥当性を再確認する。我々の見解の根拠となっていた要因は、主に米国例外主義の終焉、2025年にかけての欧州の良好な景気動向、米ドルと他通貨との利回り差の縮小の3つである。第1の要因である米国例外主義の終焉は、インフレ率が足元でFRBの目標水準に戻り、労働市場が軟化して、求人数や離職率といった主要指標がパンデミック前の水準に回帰しているため、現在の状況にも当てはまる。第2に、欧州の経済成長率は低調ではあるものの、欧州中央銀行(ECB)が利下げペースの加速に踏み切ったため、金利低下の恩恵を受けるだろう。ユーロ圏における直近の域内総生産(GDP)成長率が発表された時のように、小さなポジティブサプライズであっても、ユーロの反応は大きくなる可能性がある。結果として、ECBによる利下げが大きく織り込まれているなかで米国の金利が上昇していることから、米ドルとユーロの利回り差は拡大する一方、スイス・フラン、英ポンド、豪ドルなど他の通貨との利回り差は縮小傾向にある。

何が変わったのか、そして我々はなぜ見通しを変更するのか?

為替見通しの検討には、トランプ氏の勝利とレッド・スウィープも考慮する必要がある。トランプ氏は先が読みにくい大統領であり、先行き不透明感が強まる可能性が高いものの、米ドルへの短期的な影響は依然としてポジティブとみられる。減税が実施されれば、米国への投資は海外投資家にとって魅力的なものとなり、関税引き上げへの懸念は米ドルの上昇要因になると予想される。米国の債務水準が高まるとの予想から、ターム・プレミアム(債券の長期保有リスクに対する上乗せ金利)が上昇しているにもかかわらず、金利上昇で米ドルの魅力度は高まっている。結果として、ユーロ/米ドルが最近の取引レンジを抜けて1.12を上回る可能性は従来の予想よりも低くなったとの考えから、我々は為替見通しにおける米ドル下落幅の予想を縮小させた。

それでも米ドル下落を見込む理由とは?

とは言え、経済の見通しは依然として米ドルの下落を示唆している。FRBは最近の記者会見で、金融政策が依然として引き締め的な領域にあり、ソフトランディング(経済の軟着陸)を確実なものにするには、金利を中立的な水準へと引き下げる必要があることを示唆した。パウエル議長は、FRBは今後発表される経済指標を注視し、財政政策の変更に関する憶測で動くことは避けるとの考え方を明確に示した。我々は、市場によるFRBの利下げ予想の後退は行き過ぎだとみている。米国金利は、今後さらに上昇する可能性よりも、足元の水準から低下する可能性の方が高いと考える。現在の高過ぎる利回りは米ドルの最大の上昇要因の1つとなっているため、米国金利が低下に転じれば、米ドルもそれに続くだろう。米国のインフレ率の低下、労働市場の軟化、FRBによる金融緩和といったファンダメンタルズ(基礎的条件)は、実際に利回り低下の要因となる。最後に、トランプ氏がもたらす米ドル上昇要因の多くは既に織り込み済みで、それが2つのリスクをもたらしている。そのリスクとは、米ドルを下支えする政策を公約通りに実現しない、もしくはその効果が市場の期待を下回るというネガティブ・サプライズと、トランプ氏が金利低下と米ドル下落を目指す姿勢を明確に示すことである。最近の市場は米国大統領選に強い関心を寄せてきた一方で、11月初めに発表された米国雇用統計の極端な弱さに対する反応は薄かった。我々は、市場の関心が程なくして経済指標に戻ると予想する。

我々の見解に対するリスクとは?

我々は大統領選前のシナリオにおいて、トランプ氏が勝利した場合は米ドルが短期的に上昇するものの、中期的には前述の構造的要因によって下落すると予想していた。しかし現在は、米ドルの上昇幅には限界があり、ユーロ/米ドルは1.05前後で底を打つとみている。では、米ドル高が足元の水準からさらに上昇する要因とは何だろうか。第1に、本格的な貿易戦争に突入すれば、世界的なリスクオフ局面が訪れ、米ドルが安全資産とみなされて買いが集まる可能性がある。ただし、それによって米国の利下げペースも加速するとみられるため、米ドルは重要な下支え要因を失うことになる。第2に、経済成長の加速とインフレ期待、さらにはターム・プレミアムの上昇を背景に、米国債利回りが上昇して5%に達することである。高い利回りは当初は魅力的だろうが、市場ではいずれ米国の債務の持続可能性に対する疑問が広がり、米ドルの下落につながるだろう。第3に、米国とその他の国・地域との間で経済成長やインフレの動向が大きく乖離すること、あるいは人工知能(AI)による追い風を受けて米国経済が再加速するのと同時に、欧州や中国の経済が減速することも、依然として大きなリスクである。だが、欧州の成長率は非常に低い水準から大きく上振れる余地があり、中国政府は現状よりもさらに強力な措置を講じて、不動産市場低迷への対処に乗り出す可能性がある。一方、米国経済は、財政主導による2023年と2024年の力強い成長から減速に転じる見通しだ。

為替見通しの変更

我々は数カ月前、ユーロ/米ドルが1.05~1.10のレンジを上抜けし、2025年には1.10~1.15のレンジに達すると見込んでいた。7月と8月の米国雇用統計が2カ月連続で市場予想を下回り、ディスインフレが継続し、ついには9月の会合でFRBが50bpの利下げに踏み切った後、ユーロ/米ドルが1.12まで急上昇したことは予想外だった。その後、トランプ氏勝利への期待が強まり、それが現実になったことを主因として、ユーロ/米ドルは1.06まで下落した。その間に雇用統計は再び市場予想を下回ったが、市場ではさほど注目されなかった。トランプ氏の大統領就任に伴い、ユーロ/米ドルが2025年中に1.10を大きく上回る余地は小さいとの考えから、我々は為替見通しを変更した。とは言え、ユーロ/米ドルが1.0を割り込む可能性も低いとみている。ユーロ/米ドルは前回2022年に1.0を割り込んだが、これは欧州がエネルギー危機により大幅な貿易赤字となったことが要因であり、現在の状況は当時と大きく異なる。そのため、ユーロ/米ドルは我々の予想期間において、最近の取引レンジである1.05~1.12での推移が続くと予想する。

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本稿は、UBS Switzerland AG、UBS AG Singapore Branch、UBS AG Hong Kong BranchおよびUBS AG London Branchが作成した“Currency markets - Currency Forecast Update: USD strength has its limits”(2024年11月13日付)を翻訳・編集した日本語版として2024年11月21日付でリリースしたものです。本レポートの末尾に掲載されている「免責事項と開示事項」は大変重要ですので是非ご覧ください。過去の実績は将来の運用成果等の指標とはなりません。本レポートに記載されている市場価格は、各主要取引所の終値に基づいています。これは本レポート中の全ての図表にも適用されます。

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